「どこにも住んでない」——異色のファッションディレクターが語る、LCC時代の“生存戦略”(後編)

横堀良男

「どこにも住んでない」——異色のファッションディレクターが語る、LCC時代の“生存戦略”(前編)

ファッションの卸やバイイングを生業とする横掘良男は、自分自身を「どこにも住んでない」人間だと自称する。実際、2017年11月〜12月(取材当時)のスケジュールを見ると、LCCを駆使してジャカルタに5〜7日の滞在を月に2回、シンガポールに1泊2日〜2泊3日を月に3〜4回、そして日本には月に1度、3日ほど帰ってくるという日々を過ごしている。どこの国にも定宿こそあれ、いわゆる「住居」はない。したがって長期の海外在留者と同じく日本の住民票もすでになく、まさに「どこにも住んでない」のだ。

それでいて、彼の事業は今のところ順調そのもの。日々LCC(格安航空会社)を駆使してアジアを飛び回って日本のファッション業界と各国のバイヤーの橋渡しをしたり、時には店舗の運営企画やコンサルティングなども行う。「日本に住んでいない」ことのデメリットは、彼の活動においては感じられない。

もともとは東日本大震災の後、明らかに地盤沈下が顕著になり始めた日本のファッション業界にしがみつくのではなく、外へと活路を見出して始めた活動だった。しかし、自分の「生き場」を探すところから、少しずつ自分の「生かし方」を考えるフェイズへ——。シンガポール、そしてインドネシアという場所に出会い、横堀のフォーカスは徐々に変わっていく。

「アパレル業」から「人づくり」へのシフト

ただ物を売るのではなく、文化やノウハウといったソフトの力で分け入っていく。このスタイルを取るようになって、横堀良男の関心領域は「人を作る」ことへとシフトしつつあるという。2016年には、ジャカルタ・ファッションウィークに日本の人気デザイナー・スズキタカユキが参加。続いて2017年にはジャカルタ・ファッションウィークに合わせてスズキの主宰するプロジェクト「仕立て屋のサーカス」をジャカルタに招聘。一風変わったワークショップを行った。この招聘は日本の経済産業省の事業の一環でもあり、日本のファッション産業のフロンティアとしてジャカルタが位置付けられているということの証左でもある。

横堀 プロのデザイナーになりたい人やファッション関係者をバックステージに招き入れ、リハーサルも見ながらイベントの作り方やオーガナイズの仕方までを実地で勉強できるというワークショップ形式をとりました。「仕立て屋のサーカス」は基本的にはファッションだけでなく音楽やダンス、演劇など様々な要素がクロスオーヴァーした作品ですが、インドネシアにはまだそういうものは少ないので、参加者も興味津々だったみたいですね。

「仕立て屋のサーカス」開演直前の様子。

参加者は「仕立て屋〜」の実演にファッションやカルチャーに関するセミナーをプラスしたプログラムで200人、実演のみが300人。もともとは全部で200人くらいを想定していたんですが、想像以上に反響があり、何回かに分けて開催した全ワークショップ・実演が即申し込み終了するほどでした。セミナー+実演のワークショップですら、スケジュールを無理に増やして、増回したほど。すごい手応えを感じました。


あとは、日本や東南アジアのクリエイティブ産業に携わる人たちの研修なんかもプロデュースしています。バリにずっと住んでいた日本人の元大学教授の方がインドネシアを引き払うというんで、その先生が持っていた研修施設や保養施設をお借りしたり。地価が安いので、何千坪とかあるんですけど(笑)。まだまだ運用はこれからですが、こういうところでこの先生の持つ知見と僕が現場で経験してきたことをきちんとすり合わせ、体系化して共有可能にしたいんですよね。その方が、業界全体がもっと持続可能なものになっていく気がして。

客観性を失い、周回遅れになっていく日本

そうした企画に携わる中で、横堀は今、東南アジアという地域の勢いと可能性をひしひしと感じているという。


横堀 たまに仕入れに失敗して、「この服、白が絶対売れるだろ!」と思ったら黒しか売れなかった……みたいなことがあっても、ジャカルタの人は「OK、ネクスト!」で次に行ける余裕がある。「失敗したら次に生かす!」みたいな、責任を伴った潔さというか。だから、みんな新しくトライしようという気になるんですよね。僕が見て来た時代の日本には、もうそれはありませんでしたから。

打ち合わせをしてても「そんなことできるかよ!」って言いたくなるような、非現実的かつ壮大な夢を恥ずかしがらずに語る人が多いんですよね。実現するにはだいぶ力が足りないような人でも、とにかく、夢は口にする。社会全体が上り調子なぶん自分もまだまだ成長できると思ってるからポジティブになれるんですね。それは、正直羨ましいです。

「仕立て屋のサーカス」実演と並行して行われた照明のセミナー。東南アジアではファッションだけでなく、アートビジネスに関する多岐にわたる分野でこれから発展していこうというモチベーションが高い。

向こうは今、80年代〜90年代のバブル景気前後のムードなんです。一言に「バブル」といっても、今やインターネットで世界の状況も見ているし、先行して経済成長した日本や中国が刹那的に浮かれすぎて失速していったという失敗例も知っているからリテラシーが高い。日本で「バブル」というとどうしても下品なイメージですが、インドネシアで若くして財を成した経営者なんて「故郷に土地を買って、工場を作って雇用を生みたい」とか言うんですよね(笑)。物欲とか虚栄心を満たすための投資や浪費じゃない。社会的に正しいとされることが、気負わず、冷やかされもせず、ナチュラルに行われている。「ああ、彼らはもうこういうフェイズなんだな」と痛感しました。

翻って日本を見た時、見えてくるのは技術もソフトの力もまだまだ持っているのに、あまりにも世界に対して目を開いていないという現状。そして、「世界はそれを見ている」という危機感だ。

横堀 さっき日本の失敗を見ていると言いましたけど、一方で彼らは成功例もちゃんと見ている。福岡市がベンチャーを支援して人や企業が集まっているところとか、「あそこのスキー場、見事に再生したらしいね。買収した会社がうまかったね」とか、こっちが「なんで知ってんの⁉」と驚くような事例も、ちゃんと見てますよ。日本がアピールしたがる伝統工芸とかじゃなく、リアルな成功事例を全部、インターネットで見ている。一方、日本国内のメディア空間でブイブイ言ってるだけの嘘っぽいものは、バレてるから相手にされないですね。

そんな中で、日本の多くの人、特に社会の実権をまだまだ握っている世代の人たちはまだ日本のテレビだけを見て、「日本はこんなにすごいんだ!」という幻想の中で気持ちよくなってるという状態。これは、相当に危ういと思ってます。単純計算だけど、パスポートを持ってない人の割合が人口全体の4分の3もいる(2016年度の外務省統計によると、有効旅券数は5年・10年を合わせ30,103,171冊)という国で、しかもメディアを含めてどんどん内輪の褒め合いばかり激しくなっていく。

別に海外が偉いとか、みんな出るべきだなんて思わないですよ。しかし、「いいものを作っている」という自負があって、人に広める意思もあるのなら、その先の選択肢として、当たり前のように海外やアジアがあってしかるべきなんです。スケールしたいというなら、分母は大きい方がいいんだから。ただ、いまいちそれができてないですよね。

日本の人たちは本当に、知らない人に「自分たちの作っているものの何がいいのか」を伝える力が弱い気がする。というか、みんながずっと同じ文化の中で育って来たから、その力がスポイルされてしまったんじゃないでしょうか。伝統工芸の人でも、ファッションの人でも、「この製品の何がいいのか」を日本語ですらうまく説明できない人がいます。「歴史があるんだ。わかるだろ」って、わかんないよ!(笑)歴史って、ストーリーとしては感動するけど、それを踏まえて現代においてどんな価値があるのかということまでワンセットにしないと、骨董品以上の説得力はないんですけどね。自分たちの見たいものだけ見て来た結果、「何を伝えればコミュニケーションが成立するのか」ということが考えられなくなってる。

アートやファッションだって本体はソフトだから「編集」という概念が必須になってくる。それって、どう自分たちを客観的に見られるかってことでもあるんですよね。言語がそこそこだとしても、それさえできれば、あとはやり方次第でなんとでもなる気がする。

人は「スピリット」にこそお金を払う

横掘から見た、「アジアで成功する人や会社」とはどのようなものなのだろうか?

横掘 変なプライドのない人。アジアを下に見てた前の世代の感覚を引きずってる人とか、ファッションの分野でいうと「僕はハンドメイドでずっとやって来たから、アジアでもそれで勝負するんだ」みたいに、現地を知る前からこだわりすぎてる人はきついですね。行ってみて、そんなのいくらでも柔軟に変化すればいいと思う。ECだけを見ても、東南アジアには6億2000万人の人がいて、ファッション産業の売り上げもすごく伸びている。2020年には約3兆円、ロシアの倍くらいになると言われています。放っておいても縮小していくマーケットの中で意固地になっているより、思い切ってそこに出ていった方がいい人は必ずいる。自分流を貫いたままそこでやれるならいいけど、一方で、別に何と融合したって、最終的にうまくいけばいいんですよ。

とはいえ、矛盾するようですけど、柔軟でいるためには自分たちのやっていることに対する徹底的な信頼がないといけない。ジャカルタの「仕立て屋のサーカス」にはBUAISOUという藍染の集団にもワークショップをしに来てもらったんです。彼らは藍を種から育てて、発酵させて藍染液までも作って……という、途方もない工程を経てプロダクトを作ってるんですが、その説明をした後に染めのワークショップをやったら、もう、老若男女が喜んじゃって。彼らの藍に対する情熱までが、お客さんにガツっと刺さったんですよね。付加価値とかブランドって、そういうところについてくるんです。

BUAISOUのワークショップの一コマ。藍を育てる工程の話から始まった。

東南アジアだと、バンコクとかに日本の大手セレクトショップ「BEAMS」が出店したりしているけど、申し訳ないけど全然売れる気がしない、安作りのオリジナルばっかり置いてるんですよね。「あなたたちのいいとこって、そこじゃないじゃん!」と思う。もともとすごいこだわりを持って創業した会社だし、社長のインタビューなんかを読んでると、未だにちゃんとすごい見る目をしてる。タイのファッション業界の連中だって、バンコクでは行かないのに原宿のBEAMSに来て「やっぱ最高だわ〜」って言ってるんですよ(笑)。「バンコクのはダサいけど」って言いながら。

結局、市場規模だけ見て「BEAMS」というブランドタグのついた「アパレル」を持って行っちゃっただけなんですよね。マス的にはそれでもいいかもしれないけど、本当にみんなが高いお金を出すのはタグじゃなくて、スピリットなんです。「誰がなんと言おうと、オレはこれをかっこいいと思ってるし、みんなに薦めたいんだ!」という信念と言ってもいい。お客さんはそれに感動して、ファンになるわけだから。すごくアナログなことを言ってるようだけど、長期的なマーケティングとしてはそっちの方が正しいはずですよ。

流動化こそが最適化である——LCC時代の生存戦略

既得権益とセットになっていた既存のシステムやライフスタイルが音を立てて崩壊していく時代——私たちが日本の現状を悠長にそう評している間に、アジアではその何倍ものスピードで変化している。最先端の場所ではなく、ストリートレベルから。

横堀 これから、世の中はますます自分たちの想像の範囲に収まらないことが増えていきますよ。僕がジャカルタで泊まるホストファミリーの家が弁護士一家なんですけど、そこの末っ子で23歳大学生のケビンって奴が、家に帰ってきて言うんですよ。「ヨシオ、最近オレの友達が2人で洋服のブランド始めてさ。2人で月に300万(円換算)とか売るんだよ。やばくない?」って。半分が原価だとして、経費とか引いてひとり月収50万ずつになったとしても、それはすでにインドネシアの平均年収より高い。それを、大学生が稼ぎ出すわけです。

しかも、「すごいじゃん。見たいからサイトのURL教えてよ!」って言ったら「ないよ?」って言うんですよ。「全部インスタに決まってんじゃん」って。スマホネイティブな彼らはもうわざわざウェブサイトを作るのもバカバカしいから、全部Instagramで商品を見せてWhatsApp(メッセンジャーアプリ)の連絡先を乗っけとくだけ。それで、メッセンジャーでお客から問い合わせが来たら、アプリでバイクを呼んで、発送して完了。「ランニングコスト、ゼロすぎじゃない!?」って思いますけど、彼らの肌感覚ではそれで十分なんですよね。

世界ではどんどん、既存のガチガチのインフラに頼らないで、その隙間を縫って生き延びるようなビジネスが生まれています。UBERなんかもそうですよね。インドネシアにもGO-JEKっていう、バイクタクシーの配車アプリから始まって、食べ物から薬のデリバリー、バイク便機能、掃除、マッサージ派遣から買い物代行まで、なんでもアリになってきたものすごいアプリがある。一歩も外に出ないで全てが完結するんで「ダメ人間製造アプリ」と言えなくもないですけど(笑)。


まだまだ「既得権益」みたいなものが確立しきれてないからこそ、そういう流動性があり、その中を冒険するみたいにすり抜けて行く人間がたくさんいる東南アジアという環境は、本当に刺激的だなと思ってます。日本の多くの人がまだ「アジアは遅れてる」という20世紀の考え方で止まってるうちに、さっさと先にアジアの方が21世紀に入っちゃった感じがしますね。

「生きる場所は一つじゃない」を地でいく生き方は、21世紀における有効なモデルとなるかもしれない。

だからって、いきなり「アジアに住め!」と言ったところで急には無理かもしれないけど、今はLCCがあるんだから、バスに乗るのと同じ感覚でどんどん行って、まずは現場で何が起こっているのか、見てくるといい。誰かも「アイデアと移動距離は比例する」と言ってたけど、とにかく、「日本」とか「東京」みたいな枠組みを「これが絶対的なものだ」とガチガチに思い込んで苦しくなる前に、日本の地方でもいいから、どこかに旅行でもした方がいいですね。アウェイに飛び込むことを恐れず、違う世界をたくさん見ながら学んだ人ほど出会いもたくさん経験できるし、自分の中に流動性をセットできる。「生きる場所は一つじゃないんだ」と思って、気が楽になる。その方が、これからの世界で生き延びることができると思っています。


上昇するアジアと、沈みゆく日本——。その状況をただ嘆くのではなく、どのようにサーフしていくか。そのためには、自らを常に流動性の中に置き、心の持ちようだけでも自由であること。安定のみを是とするならばネガティブな印象しかない「どこにも住んでない」という言葉も、いかようにも変化し得る未来を見据えて口にするならば、果てしない希望の言葉となるだろう。横堀のトライアルは、必ずこれからの世界における一つのモデルケースになってくるはずだ。

「どこにも住んでない」——異色のファッションディレクターが語る、LCC時代の“生存戦略”(前編)

写真=本人提供
取材・文=安東嵩史

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