ピッコマはなぜマンガから広告を排除? 韓国発「ウェブトゥーン」の衝撃波(3)

 いわゆるクールジャパンを代表するものに、マンガという文化/産業がある。だが、言うまでもなく、マンガが生みだされるのは日本だけではない。お隣の国・韓国には「ウェブトゥーン」というPCやスマホで縦スクロールして読むマンガの市場があり、2010年代にそこで大革命が起きた。そして、それは決して“他人事”ではなく、その衝撃波は確実に日本にも押し寄せているのだーー。マンガやネット文化に詳しく、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)の著書であるライター/編集者の飯田一史が、韓国発デジタルコミックの動向と日本への影響を4回にわって徹底分析!

NAVERとハンゲーム~カカオの因縁

 日本ではあまり語られていない韓国デジタルコミック事業者について紹介していく本シリーズ。3回目の今回は、ムロツヨシ出演のテレビCMで知られるカカオジャパンの「ピッコマ」を取り上げよう。



 「ピッコマ」は2016年4月にサービスを開始し、現在では500万ダウンロードを突破。その運営元であるカカオは、韓国では日本におけるLINE並みに誰でも使っているメッセンジャーアプリ「カカオトーク」が日本でも有名だが、韓国では「カカオページ」というウェブマンガとウェブ小説のサービスを展開している(「ピッコマ」は日本のカカオジャパンが、「カカオページ」は韓国のDAUMカカオが、それぞれ独立して運営している)。
 NAVERとカカオは、IT/デジタルコンテンツビジネスの各分野で競っているが、この企業のトップ同士はかつては盟友だった。
 インターネットがもともと軍事技術だったことは周知のことだが、在韓米軍と関係の深いKAIST(韓国科学技術院)は、インターネットを世界的に見ても早い時期から使えた場所である。そして、そのKAISTでネットワーク技術を研究していたのが、NAVER創業者のイ・ヘジンである。
 NAVERはハンゲームコミュニケーションを2000年に合併――同年、早くも日本法人を設立――し、翌年にはNHN(ネクスト・ヒューマン・ネットワーク)に社名を変更する。このときヘジンと共同代表を3年半務めたのが、ハンゲームコミュニケーション創業者で、ソウル大学やサムソンSDSでヘジンと同期だったキム・ボムスだ。
 この時代から『リネージュ』『ラグナロクオンライン』をはじめMMOPRG(多人数同時参加型オンラインRPG)大国だった韓国では、ほとんどが月額課金制だった米国製オンラインゲームとは異なり、基本無料ながら部分有料化(アイテム課金やネットカフェへの課金など)モデルを導入するなど、ビジネスモデルも先進的だった。
 そこにトランプのようなカジュアルゲームで参戦し、ライトユーザーを獲得したのがNHNだ(魏晶玄『韓国のオンラインゲームビジネス研究』東洋経済新報社)。ガチ勢でなくライト層を――この基本方針は、ガチャを引かせまくるソシャゲ全盛の日本にツムツムなどを提供し、女子を中心に支持されたLINEのゲーム戦略、あるいはLINEマンガやcomicoのターゲットを見ても、一貫している。
 話を戻すが、その後、ボムスはヘジンと袂を分かち、カカオを設立。今に至るまでのライバル関係になる(イム・ウォンギ『LINEを生んだNAVERの企業哲学』実業之日本社、NewsPicks取材班『韓流経営LINE』扶桑社BOOKS新書、愼武宏・河鐘基『ヤバいLINE』光文社新書)。

“思想”や“商売”が異なるNAVERとカカオ

 そして、NHN出身者を仮にNAVER/イ・ヘジン派と、ハンゲーム/キム・ボムス派に分けるとすれば、後者だったのがカカオジャパンのキム・ジェヨン代表である。

引用:カカオジャパンのキム・ジェヨン代表取締役社長。(同社ホームページより)

 キム・ジェヨン代表は、NHNジャパンがLINEやNHN comico、NHN PlayArtなどに分社化する以前のNHN Japan時代から勤めており、Hangame、LINE、comicoなどのマーケティングに関わった後、キム・ボムスから声をかけられてカカオジャパンに移籍。現在、ピッコマを手がけている。
 NAVER系とハンゲーム系の違いは、単純に人間関係の派閥というより、思想、商売の考え方の違いでもある。NAVERはウェブ広告ビジネスが、ハンゲームはゲーム(コンテンツビジネス)が出自である。記事やマンガをネットで無料で読ませる代わりに広告を表示して稼ぐのが前者。ゲームなどのコンテンツ自体へのユーザーからの課金を本質とするのが後者である。
 もちろん、2つの会社が合併してできたのが今のNAVERだから、きれいに二分はできないし、今のNAVERグループは、コンテンツ自体に課金する事業も複数抱えている。
 ただ、他人が作った情報をまとめて広告で回す「NAVERまとめ」と、広告を一切入れずユーザーからの課金だけで回しているカカオジャパンのマンガアプリ「ピッコマ」を典型として、思想や手法の違いはあちこちにある。
 筆者はカカオジャパンのキム・ジェヨン代表に取材したことがある。「ピッコマ」が採用している、時間が経つと回復する無料チケットを使って読むか、あるいは課金して読むかをユーザーが選択する“待てば¥0”(無料)というモデルは、初期のcomicoの難点――完全無料にしたことでユーザー数は増やせたが、売上が立たない――を踏まえ、ユーザー数も売上も伸ばせるようにしたものだ、と語っていた。そして、「ピッコマは広告で収益をあげるのではなく、読者にお金を払ってもらい、それをクリエイターに還元するモデルである。アプリ内にはマンガを読むことを邪魔する広告は一切入れないのだ」と繰り返し語っていたのである。

オンラインゲームやモバイルゲームのノウハウをマンガに応用

 また、ハンゲーム出身ということで、まさにゲームからマンガへ、ノウハウを横展開しているのも「ピッコマ」の特徴である。
 ピッコマは時間で回復する(配布される)チケットを使って読んでいくマンガアプリだが、作品ごとにチケットがもらえるまでの待ち時間も、チケットを有料で買う場合の値段も異なる。
 日本のマンガアプリでは、1日2回配られる無料のライフ+有料チケット制(「ライフ」や「チケット」の呼び方はサービスによって異なる)が多いが、ピッコマは作品ごとに使えるチケットが違うし、値段や回復時間もそれぞれ違う。個別管理しているのである。
 あるいは、日本型マンガアプリだと、1話が6ページの日常系グルメマンガでも1話18ページあるバトルマンガでも、完結した旧作でもアプリオリジナルの最新作でも、コミックスでは1巻400円台の少年マンガでも1巻600円台の青年マンガでも、同じアプリ内では同じ1話分(ライフ1個、チケット1枚分)であることが多い。
 しかし、ピッコマはそうした差異を考慮することに加え、作品ごとのユーザーの動きに応じて、無料チケット回復の待ち時間や値段を機動的に変えている。
 ピッコマのUI(ユーザーインターフェイス)/UX(ユーザーエクスペリエンス)は、ツムツムのようなスマホ向けカジュアルゲームのビジネスモデルをマンガに応用したものだという。
 カジュアルゲームの1ステージが短いのは、1ステージごとにユーザーに「課金しますか?」とリマインドできるからだ。そのほうが、1プレイにつき長いステージを用意するより、課金ポイントが増える。
 マンガも、コミックスを1巻ごとに販売する「巻売り」で1巻無料キャンペーンをして「2巻買いますか?」にするより、1話ごとに「課金しますか?」と聞くほうが課金ポイントが増える。そして高額・頻度少よりも、少額・頻度多のほうが稼げるのだという。

ピッコマは日本のマンガをいかに集めたのか?

 ハンゲームからカカオまで、言い換えるならオンラインゲーム黎明期から近年のモバイルゲームに至るまで、長きにわたって蓄積されてきたのであろうデータ重視の運用の巧みさは、日本のマンガ版元からも評価が高い。
 ピッコマはサービス開始当初、カカオの日本での知名度の問題などからなかなか日本のマンガ版元から作品を集められなかったが、こうしたノウハウを活かして旧作(双葉社の『恋空』のマンガ版など)をマンガのライトユーザーに売り伸ばして実績をつくったことで、今では多数の出版社が作品を提供する場所となった。
 ちなみに、ピッコマで配信されている、韓国のカカオページやDAUMウェブトゥーン作品では、Netflixでのドラマ化が決まったKYE YOUNG CHON(チョン・ゲヨン)『恋するアプリ』や原作ピチュ、作画キム・レクナ他『転生したら王女様になりました』など少女マンガ系が人気だ。転生/転移ものは日本のウェブ小説でも人気の一大ジャンルだが、韓国でも転生/転移、タイムスリップしてのロマンスはウェブトゥーンに限らず韓流ドラマなどでも定番の設定である。

引用:ピッコマで配信されている人気作品『恋するアプリ』と『転生したら王女様になりました』。

 もっとも、「カカオジャパン」が扱っているコンテンツの97%は日本の出版社で刊行された作品であり、韓国ウェブトゥーンをローカライズしたものは約3%しかない。また、NAVERの「XOY」が日本向けのサービスの運営も韓国で行っているらしいこととは異なり、サービス開発やソーシングなど運営全般を独立した日本法人(カカオジャパン)で行なっている。したがって、(編集部による本記事タイトルでは「ウェブトゥーン」と謳っているものの)本国・韓国のカカオは「韓国ウェブトゥーン企業」だが、日本法人のカカオジャパンはそうではないことはお断りしておく。
 次回は、レジンコミックスなどを紹介した後、韓国勢と日本のマンガアプリ界との影響関係、関わりなどについてまとめてみたい。

文=飯田一史

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飯田一史(いいだ・いちし)
1982年、青森県生まれ。マンガやネット文化などのサブカルチャー、コンテンツビジネス関連の取材・執筆などを手がける。著書に『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。主な寄稿媒体に出版業界紙「新文化」、Yahoo!ニュース個人、「Febri」ほか。

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