ライターズ(Writers)〜「書く」ことを職業にした人々~
第2回:梅原淳(鉄道ジャーナリスト)後編

ライターズ(Writers)〜「書く」ことを職業にした人々~ 第2回:梅原淳(鉄道ジャーナリスト)前編

第2回のゲストは、情報ワイド番組『ひるおび!』(TBS系列)のコメンテーターとしてもお馴染み、鉄道ジャーナリストの梅原淳さん。三井銀行(現・三井住友銀行)勤務、老舗鉄道雑誌『鉄道ファン』(交友社)の編集者を経て、2000年よりフリーランスに。著書には『新幹線不思議読本』(朝日文庫)、『毎日乗っている地下鉄の謎』(平凡社新書)他の鉄道雑学本から、『ビジュアル日本の鉄道の歴史3昭和後期〜現代編』(ゆまに書房)といった鉄道史、さらには『JR崩壊 なぜ連続事故は起こったのか?』(角川oneテーマ21)、最新作の『JRは生き残れるのか』(洋泉社)と、安全面・社会経済の側面よりジャーナリスティックに分析するなど、多数かつ多岐にわたる。WEBサイト『東洋経済オンライン』の人気コーナー「鉄道最前線」執筆者の一人でもあり、全国各地での講演活動や、行政・自治体による鉄道調査への協力なども精力的に行っている。2018年4月からは福岡市地下鉄経営戦略懇話会の委員も務める。

驚異の売上げ公称22万5,000部。しかも返本率は10%切るのが当たり前だった『鉄道ファン』

約2年で三井銀行(現・三井住友銀行)を退社した梅原淳さんは、老舗鉄道雑誌『鉄道ファン』(交友社)に編集者として入社した。同社は1934年(昭和9年)の設立。元々は旧国鉄や各鉄道会社の鉄道教習所(動力車操縦者養成所)で使用する教本を制作していた。戦前のベストセラーは蒸気機関車乗務員・機関士向けの『機関車の構造及び理論(上・中・下巻)』。それが戦後になって鉄道関係者から鉄道趣味雑誌の出版を打診され、『鉄道ファン』を発行してみるとこれが大好評で、部数も伸び現在に至る。創刊は1961年。現在は通巻600号を越えている。公称22万5,000部。これは2006年5月の数字だそうだから、現在は多少落ちているかもしれないが、それでも出版不況と言われる2000年代以降に於いては、まさに驚愕の売上げである。しかもさらに驚くべきことがあった。

「鉄道雑誌全般に言えることでもあるんですが、実売率がすごく高いんです。だから一般の雑誌社の人に言うと驚くというか信じてもらえないんですが、『鉄道ファン』の場合、返本率が15%になると『売上げが悪い』と会議になるんです。つまり10%切るのが当たり前という」。一般的な雑誌の場合、返本率30%で上々の売上げ。15%を切ると部数を増やすだろう。雑誌には執筆者や関係者に配る見本やバックナンバー用のストックがあるから、10%を切るということは毎号ほぼ完売状態と言っていいだろう。
「結局ほとんどが固定読者なんです。しかもその多くが──まあ、私もある時期まではその一人だったわけですが──要は面白かろうがつまらなかろうが毎月買って、本棚に並べているという人ばっかりなんですね」
しかも梅原氏在籍中は編集部全員で6名。広告営業を兼ねた編集者を入れても計8名。それで20万部以上の雑誌を作っていたわけだから、とてつもないコストパフォーマンスである。さらに『鉄道ファン』には毎号16ページ、いわゆる「撮り鉄」、アマチュア鉄道カメラマンによる投稿写真のページがあり、梅原氏曰く「アマチュア鉄道写真家というのは機材に惜しみなくお金を使ってくれるので」カメラ機材の広告も多く、年1回の『鉄道ファン』主催の「フォトコンテスト」も、キヤノンの協賛によるものである。

「そんな編集部なので、募集はあまりしてなかったんです。私が入った時には一人が定年になって、もう一人転職した人がいた。それで経験者1名に加え、編集未経験の私が入れたわけです。だからすごく幸運だったんです。ところが結局、その幸運を無にしてしまうという(笑)」
梅原さんは『鉄道ファン』編集部を4年間務めて退社する。
「いわゆる同族会社なんですね、交友社というのは。そうするとどうしても経営側と社員側との対立というのが起きやすい。編集部員は全国の鉄道を取材して回るので、それに関しての出張手当の待遇だとか、残業時間が多くなると社員の持ち出しになってしまうとか、まあよくある話です。それで取材チーフという立場の先輩が、会社に意見したら解雇されてしまった。その先輩は私たち部下の意見を代弁してくれたようなところもあって、というか私の同期の男がかなり強く反抗していて、それを上に伝えたら首になってしまった。そういう会社の体質を見ていて、少し考えてしまったんですね。ちなみにその一番反抗していた私の同期は未だにいて、現編集長なんですが(笑)」
「まあ、それはきっかけに過ぎず、鉄道のことばかりやっていてもなあという気持ちがあって──と言いながら今は鉄道のことばかりやってますが(笑)──やはりまだ若かったので、もっと他の雑誌もやってみたい、色んな分野を、専門誌ではなくて一般誌とかもいいなあという欲が出たんですね。それで考えた末に辞めた。それが入社4年目、1994年のことです」

就職活動の末、後に中高年男性向けライフスタイル誌『男の隠れ家』を発行する、「あいであ・らいふ」という出版社に就職する(『男の隠れ家』は現在、三栄書房より発行)。
「あいであ・らいふは当時『頭で儲ける時代』という妙な題名の、ベンチャービジネスの雑誌を出していて、そこが募集していたんです。ビジネス誌なので、もう少し社会一般のことに関われるかなと思ったんですね。内容としては『BIG tomorrow(ビック・トゥモロウ)』(青春出版社)に近いでしょうか」
これも僕としては意外だった。梅原さんはずっと正統的な鉄道雑誌の世界を歩んで来られたと思い込んでいたからだ。つまりここでも先ほどの読書体験と同じく、正統的なものと異端なものとが同居するのだ。

ベンチャービジネスの雑誌『頭で儲ける時代』が、文章の修業になった

「ええ、そうなんです。タイトルも変だし、内容的にも多少グレーというか、そういう商売の記事もあったんですが、ただ、これが私にとってはすごく文章の修練・修業になったんですね。というのも毎月、自分で面白そうなビジネスを探して、その紹介記事を2,800字で書けというのをやらされたんです。雑誌では一般的に、『3,000字でお願いします』というような依頼が多いですよね。だからそこで書き方を学んだような気がします。というのも『鉄道ファン』時代は本当に短い原稿しか書く機会がなかった。しかも車両の型番だとか路線の駅名だとか、情報をただ書き出せばよかった。しかし今度は起承転結があり、何よりベンチャービジネスの紹介ですから、読者に『これは面白そうだ』『自分でもやってみたい』と興味を湧かせなければならない」

「編集長も元『mono magazine(モノ・マガジン)』(ワールドフォトプレス)にいた人で厳しかった。面白くない原稿を書くと『こんなものはダメだ、書き直し!』と言われて。色んなビジネスを紹介しましたね。例えば当時はまだ携帯電話が出始めた頃で、東京から地方にかけると高かった。そこでどういう仕組みだったかは忘れましたが、一度国際通話を利用すると安くなるということに気付いた人がいた。そこで一旦東京からアメリカにかけて、そこから大阪へとか。交換機のようなものを使って、転送サービスみたいな仕事ですよね。そういう記事を毎月頭を絞って書いていたわけです」
他にも梅原さんは大川興業の大川総裁(大川豊氏)への連載インタビュー企画を一部担当したり、表紙のイラストを依頼していたみうらじゅん氏の元に原稿を取り行ったりして約2年間を過ごす。
「広告にも凄まじいものがありましたね。例えば墓石を洗う代行業者だとか、他には実験用のカエルの繁殖を請け負う代理店なんてのもありました。読者が自宅でカエルを繁殖させて売るんでしょうね。そうそう、それこそ東良さんのご専門ですが、ビデオ安売王の広告が派手に載ってました」
ビデオ安売王──徹底した現金安売り商法で「石油の安売り王」と呼ばれた佐藤太治という人物が、1993年から始めた廉価版激安セルアダルトビデオのチェーン店である。『SPA!』(扶桑社)、『フライデー』(講談社)を初めとした各雑誌に「あなたは月給200万円もらっていますか?」というキャッチコピーの全面広告を打ち、世のサラリーマンたちに脱サラを煽った。結果フランチャイズ店は最盛期1,000店を越えるも、会長の佐藤が風営法違反で逮捕されたこともあり、わずか2年足らずで倒産する。
つまり1990年代半ばになっても、世の人々はバブルの夢を捨てきれなかった。ビデオ安売王も『頭で儲ける時代』も、そんな時代の間にあったのだ。結果、入社2年後に会社が傾き、梅原氏も退社を余儀なくされた。発行元の「あいであ・らいふ」はその後一時期は『男の隠れ家』で持ち直すものの、2008年に自己破産する。

次に就職したのが「文化放送ブレーン」という文化放送の子会社だった。リクルートや毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ)のような、大学生向けの就職情報誌を制作・配布する企業の出版部である。
「最初は学生向けの就職案内のようなものを作ってたんですが、『ナース専科』というという看護師さん向けの月刊誌がありまして、文化放送ブレーンはそういう会社ですから一般誌の編集経験のある人間が少ない。だからそちらへ異動してくれと言われた。作りとしては女性誌的で、職場紹介があったりお医者さんが書く医学情報記事があって、巻末に各病院の看護師募集情報が載ってる、そんな誌面です。最初はまったく知らない世界なのでどうなることかと思ったんですが、これもやはりやってみると面白くてやりがいがあったんですね」
しかし──、
「ええ、そんな楽しくやっていた仕事をなぜ辞めたかというと、まず文化放送ブレーンは就職関係が赤字だったんです。株式を店頭公開してたけど業績はどんどん下がっていた。でも社内はやたらバブリーな雰囲気だった。予算は使い放題だわ、社員の給料はいいわ。何しろ親会社が文化放送・フジテレビなので、結構お気楽な雰囲気なんですね。実際、親会社からの出向組も多くて、そういう人たちには自分の会社という意識もなかったのかもしれない。ところが、そうこうしているうちに賃貸物件情報誌を発行していた「CHINTAI」に買収されてしまったんです。そうかと思うと、今度はソフトバンクに買収されてしまう。結局1年のうちに自分の勤める会社の社名が2度も変わってしまったんです」
いよいよ「失われた20年」が本格的に始まったわけだ。一方でインターネットが世界を大転換させ、ソフトバンクの孫正義に続き、オン・ザ・エッヂ(後のライブドア)の堀江貴文が登場。バブル終焉と共に体力を失った企業は次々とM&Aの対象となった。

2001年に初の著書『鉄道・車両の謎と不思議』(東京堂出版)を出版。鉄道雑学本に新たな側面を見出す

「なので私も意を決して飛び出したかというと、決してそういうことではないんです。何しろ一緒にやっていた編集者が様々な部署に散らされてしまったので、私もいつどこへ異動になるか分からない。ならば辞めてフリーの外部スタッフとして、『ナース専科』の仕事に関わるというのががベターな選択だったんですね」
しかしこの「文化放送ブレーン」時代に、実は鉄道ジャーナリストとして独立する入口があった。
「イカロス出版という会社がありまして、アルバイト原稿を書いてくれという依頼があったんです。ここは社名の通り航空関係の雑誌(月刊『エアライン』他)や書籍を出しているところで、それが鉄道関係もやりたいというので書ける人間を探していた。そこで一度かなり長い記事を書いたら、それが載ったムック本が売れたということでまたオファーをもらった。なぜそういうことができたかというとですね、文化放送ブレーンは就職関係の会社ですから、秋口から春まではメチャクチャ忙しいんですけど、春から秋は暇になるんですね。だから外注のスタッフはその時期しか来ない人たちもいるし、社員はずっといてボーッとしてる(笑)。そんなサイクルだったのでアルバイトができたんです。イカロス出版には私と入れ替わりに交友社を辞めた人がいて、『鉄道ファン』にいた男なら鉄道の記事は書けるだろうということで頼まれたんです」
「最初の仕事ですか? 1997年、長野オリンピックの前の年、北陸新幹線が長野まで開業して在来線の特急「あさま」がなくなるというので(「あさま」の名は新幹線に引き継がれる)、「あさま物語」というのを、20ページくらいあったと思うんですけど、それを書いたんですね。よくニュースでやってましたけど、鉄道ってある列車がなくなる、消えるということになるとワッと盛り上がるんですね。それで本も売れて、続いて仕事をもらえるようになったんです」

2000年に独立。2001年に初の著書『鉄道・車両の謎と不思議』(東京堂出版)を出版。これは発売1週間で増刷が決定。第2作の『新幹線の謎と不思議』(同社刊)に至っては、梅原さんがまだと執筆中に部数が決まり、版元がトーハン(出版流通を司る取次大手)に見本を持ち込んだ段階で「もっと刷ってくれ」と増刷が決まる。順風満帆のスタートだった。
梅原さん自身は「その2冊はいわゆるそれは鉄道雑学本なんですが、当時そういう本がなかった。80年代くらいまではあったんですが、90年代になってなぜかパタッと出版されなくなったんですね。だからまあ、売れた。幸運な、いい時代だったんです」と笑うが、一概にそれだけとは言えない気もする。というのも、実際執筆する時に、以下のようなことを考えたというからだ。

「鉄道雑学本というのは、単に過去の類書を焼き直していくだけで結構売れてしまうという部分がありまして、それでは面白くないだろうと。誰も知らないことというか、誰もが知っていそうで気付かない点というのはないだろうかと考えたんですね。例えば、車両一両の価格というのはいくらくらいなんだろうと考えた。でも、どこに取材を依頼したらいいんだろうと思ったんですが、実は国土交通省の統計とかを見れば出てるんですね。もっと端的な例では、作ったメーカーの有価証券報告書にも記載されていることがあるんです。でも逆に、JRはじめ鉄道会社にそういうことを聞くくと『そんなことを書いてどうするんですか? 何の意味があるんですか』という答えが返ってきた。つまりそれまで誰も聞いたことがなかったわけです。そういうことを書いたので、どこにも出ていない情報だということで面白いと、売上げに繋がったんじゃないでしょうか」
梅原さんはなぜ、そういう車両の価格とかを書いてみようと思ったんですか?
「それはやはり『頭で儲ける時代』の経験があったからだと思うんですね。ベンチャービジネスの経営者にインタビューする際、やはり会社の年商とか利益って言いたがらないんです。でもそれは、読者からすると絶対に知りたい情報なのでなんとか載せたい。そこで『じゃあ、この商品がどのくらい売れているかとか、何か参考になることだけでも教えてもらえませんか』とか食い下がっていた。あの時期に、読者にとって興味深い情報って何だろう? 直接教えてもらえないのなら、何か別の方法で調べることはできないだろうかとか、そういうことを気にする習慣が身についたんじゃないでしょうか」

ところが、当時の鉄道ジャーナリズムにはそういう発想がなかった?
「ええ、なかったんです。というか、車両がいくらなんて情報は言ってみればなくてもいいわけですが、例えばある路線がどのくらいの利益が出ていて、赤字はどのくらいあるのかとか、今でこそ結構知られるようになりましたけど、当時はほとんど分からなかったんです。統計を見ればなんとか推測できるといった程度で。そういうことがよく知られてない状況で、鉄道会社は『赤字だから、このローカル線は廃止にします』なんて言うわけです。乗客としたらそれでは困りますよね。これこれこういう理由でこれだけ儲からないんだからやめるとか、毎年いくらの赤字が出て、累積赤字がこれだけになってしまったからやめますというなら分かりますし、私たちメディアの人間の方も、『ならば、逆にこれだけのお客が乗れば維持出来るんじゃないですか』という提案もできるわけですけど、実は今に至るまで、そういう情報はあまり世に出ていないんですね」

「具体的なお話をすると──」と梅原さんは続ける。
「北海道のローカル線などが典型的なんですが、『もう儲からないから廃止します』と言うけれど、『儲けるためにはどうすればいいか』とは誰も言わないんです。実際、ものすごく値上げしなければいけないのか? 初乗り170円の運賃を1,000円くらいにすれば大丈夫なのか、あるいもっと高くする必要があるのか? とか。そういう議論で沸き上がって来ないんです。でも、その一方でJR北海道の運賃って、札幌の地下鉄(札幌市営地下鉄)より安いんですね。札幌市営地下鉄って一区間乗って200円なんです。しかも札幌市営地下鉄は黒字なんです。つまり儲かってるところの方が高くて、赤字で困ってるところの方が安い。それではJRローカル線の利益が上がるはずがない。子どもでも分かる理屈なのに、そういうことが表に出ないまま、『赤字だから廃線になっても仕方ないよね』という妙に達観したようなあきらめムードだけが広がってしまう」

路線の廃止はローカルだけの問題ではなく、将来、首都圏でも充分起こり得る!?

JRの運賃というのは認可制なので、北海道だけが「上げたい」と言っても認められないという問題はあるそうだ。しかし素人考えからすると、じゃあ何のために国鉄を解体して分割民営化したのかという話になってしまう。しかも梅原さんの試算によると、JR北海道の路線は運賃を初乗り2,000円にも3,000円にもしなければ維持できないかというと決してそんなことはなく、実際は現状の1.5倍までもいかない、1.3倍くらい値上げすればなんとかなると考えられるそうだ。そんなちょっとした改善で、廃線を阻止できる。そこに住む自動車の運転ができない人々、中学生高校生やお年寄りが助かることになる。しかもJR北海道には現在もこれまでも、国の補助金が投入されている。このお金は当然、我々の税金である。
梅原さんはこうも言う。
「私が一番マズイなあと思うのは、JR北海道やJR四国でそういう問題が出ているんだけれど、国はそこさえ解決すれば終わるだろうと考えている節があるんですね。でも冷静に考えれば決してそんなことはなくて、近い将来東北でも起きるだろうし、関東でさえも起こり得る問題なんですね」
それは少子化で人口が減ってるから?
「そうです。それこそ私の住んでいる房総半島(富津市在住)でもそうなってますから。でもなぜそんなふうに楽観視してしまうかというと、JR東日本が顕著ですが、大都市の通勤電車と新幹線とで儲かっているから、その利益で東北とかの赤字を補填してきたからなんですね。例えばこれは私の大まかな計算ですが、JR東日本って2015年度に鉄道事業の利益が3,700億円ある一方で、東北では3,400億円の赤字が出てるんですね。ということは、首都圏や新幹線だけで7,100億円の利益が出ている。しかし首都圏や新幹線の利益もだんだん出なくなっている。そこでもしも7,100億円の利益が6,100億円に落ちたとしたら、利益は2,700億円しかない。そうなると当然、3,400億円の赤字うちの1,000億円は切りましょうということになるでしょう。切るということは廃線にするということ、その路線に暮らしている人を見捨ててしまうということなんですね」
梅原さんの話を聞いていて思い出したのは、かつて言われていた、高所得者層が利益を生めば低所得者層の所得も上がるという論理だった。でもそれはリーマンショック以降、完全に嘘だということがバレてしまった。単に格差が開き、貧困層が拡大するばかりだった。特に女性や子どもの生活困窮は深刻で、満足に食事のとれない子どもたちは全国に増え続けている。もしも国が鉄道に関しても古いままの考え方でいるならば、負の遺産は次の世代へと押し付けられるだろう。

梅原さんはそういった情報の開示という問題にはどう考えますか? と聞いてみた。
「もちろんすべてオープンにしてくれればいいんですが、なかなかそういうわけにはいかない。特に私たちがJRを初め鉄道会社に取材する際、広報の部署というのはあまり情報を出したがらないんです。でもいわゆるIR系、投資家を向けの広報窓口というのがあります。ここはむしろそういう情報を出さなければならない部署なんですね。経営計画や投資計画は、株主のためにオープンにしておかなければならない。インサイダー取引にならないようにとか、自社の株価を維持するためということもあるんでしょう。ですから実はジャーナリストよりもむしろ、いわゆる金融関係の人、例えば証券会社の中にいる運輸関係のアナリストと言われる人たちの方が、鉄道のことをよく知ってたりするんですね。ですから私たち鉄道ジャーナリストも広報に対してやみくもに『取材させてくれ、内情を教えてくれ』という前に、IR系が公表しているデータを精査した方が、実は簡単に、しかも理路整然と理解できる場合が多いんですね」
「そこでやっと話が最初の方に戻るんですが──」と梅原さんは笑う。
「私は銀行にいましたから、上司から『株主総会に行ってこい』と言われたり、『有価証券報告書をしっかり読め』とか、財務諸表に眼を通すのは当たり前ということをやらされてきた。研修も受けましたしね。当時そういう仕事は面倒なので嫌でしたし、銀行を辞めなければよかったと思ったことは一度もないんですが、それが結局役に立っている。ですから他の鉄道ライターの方がイメージしにくいところも分かるという点はあると思います。もちろん人気の特急や寝台列車について書くというのも大切なテーマなんですが、やはり鉄道を動かしているのは人なので、しかもお金がないと会社の経営というのは成り立たないので」

近年は『JR崩壊 なぜ連続事故は起こったのか?』(角川oneテーマ21)や、最新作の『JRは生き残れるのか』(洋泉社)というように、ジャーナリスティックな視点からの著書も多いわけですが、でも梅原さんは先ほど言われたように、当初は鉄道トリビア、雑学本からスタートしたわけですよね?
「ええ、そうなんです。そうなんですけど、これは『鉄道ファン』の編集者時代から実はずっと感じていたんですが、鉄道に関する書籍や記事には、いわゆる〈5W1H(いつ(When)・どこで(Where)・だれが(Who)・なにを(What)・なぜ(Why)・どのように(How))〉のうち、〈WHY(なぜ)〉がないんです。こういう車両がありますとか、この車両にはこういう機能がありますということは書かれるんだけれど、〈なぜ〉というのがない。この車両はなぜこういうデザインになったのか、この路線はなぜここに駅があって、ここを通ることになったのか? そういう解説があまりされない。でも、これは特に2冊目の『新幹線の謎と不思議』(東京堂出版)を書く時に思ったんですが、これは新幹線に限らずですが、大規模な公共工事が完了した際には、建設主体の国や自治体、あるいは法人から、『工事誌』『建設誌』という書物がおおむね発行されるんですね」
「ですから東海道新幹線には『東海道新幹線工事誌』といものがあるわけです。大きくて百科事典のような書物です。それには例えば結果的に現在新幹線はここを通っているが、実は候補ルートが3つあって、1案は距離が長すぎる、2案は地質が悪い、3案は距離は短いが工事が困難だ、あるいは住宅密集地で買収が大変だろう、そこで検討の結果、ここに決まったとちゃんと書いてある。これが面白かったんですね。他にも、鉄道ファンと呼ばれる人は皆さん車両がお好きなんですが──もちろん私も好きですけど(笑)──車両には、旧国鉄時代から『車両取扱説明書』というものが発行されていて、それを読むとこの車両の窓はこういう形になっているけれど、そこにはこういう意味があって、だからこう取り扱ってほしいというようなことが書いてある。つまり〈WHY(なぜ)〉が明記されているんですね。しかも先ほどの車両の値段と同様、別に隠された資料じゃない。調べれば分かることなんです。ということはそもそも〈WHY(なぜ)〉ということにそれまで興味を持つ人がいなかった、ということなのかもしれません」

あえて「隙間」に立つことによって、改善策を提示していけるかもしれない

以上のように梅原さんの説明というのはとても分かりやすい。ワイドショー『ひるおび!』の解説を聞いていても、僕ら門外漢でも腑に落ちる。そして『JR崩壊 なぜ連続事故は起こったのか?』に代表されるジャーナリスティックな視点から書かれた著書も、テーマがテーマだけに固い内容なのだが、それでもとても読みやすい。ご自身は「文章を書く」ということに関してはどう考えておられるのだろうか?
「まあ、私はそもそも美文を書くなんてことは考えもしませんし、書けるわけもないと思ってはいるんです。ただ、大江健三郎さんがノーベル文学賞を受賞された時(1994年)『私は文章が下手です』とおっしゃったんですね(笑)。確かに私も学生時代に大江さんの小説を読みましたが、非常に難しいし、分かりにくい。そしてその時だったか別の機会だったか忘れましたけど、大江さんが『私が思う文章の上手い人は谷川俊太郎だ』と言ったんです。それがすごく印象に残って。私は谷川さんの詩は読んでいたんですが、そこで改めて普通の文章を読んでみた。するとやっぱり上手なんですね。とても分かりやすい。で、どうしてこんなに分かりやすいんだろうと考えてみたら、谷川さんに限らず上手い人の文章というのはひとつの文に情報が少ない。主語と述語だけが主にあって、簡潔なんですね。そういう点はやはり、見習うべきかなあと思います。まあ、言うは易しで常に良い文章が書けるとはなかなかいきませんが」
「ジャーナリストとして、ですか? ああ、これも先ほど言い忘れた話なんですが、高校生の頃、地元の目黒区立守屋図書館に暇があればしょっちゅう通ってたんですね。何をしていたかというと、新聞の縮刷版を読んでいた。というのは趣味で鉄道の雑誌とかを読んでいると、大きな事件・事故についての記述が出てくる。例えば国鉄三大ミステリー事件と言われる下山事件、三鷹事件、松川事件。事故にも国鉄戦後五大事故(桜木町事故・洞爺丸事故・紫雲丸事故・三河島事故・鶴見事故)というのがあります。他にも旧国鉄時代は春闘がありましたから、ストライキで電車が止まって乗客が暴動を起こした上尾事件(1973年)とか。そういうものがなぜ起こったんだろうという興味が湧いて図書館に通うようになった。暇な高校生だったからできたことでしょうが、今思うとなにかの役に立っているかもしれないですね」

梅原さんはこうも語る。
「ジャーナリストというと特ダネ記事をスクープする、つまり誰も知らないことを暴くというのもの大切でしょうが、鉄道に関して言えば、関係者は当然知っていて、一般の人も気が付けば分かるんだろうけど、長年なぜか曖昧にされてきたということがあるんですね。そこをあえて書くというのも必要かなと思うんです。私がよく言うのはJR西日本なんですが、尼崎であれだけ大きな事故(JR福知山線脱線事故・2005年)を起こして、その後高機能版のATS(自動列車停止装置)のP形がやっと付けられた。付けられたんですが、機能としては首都圏のJRとか、私鉄とかに比べるとちょっと劣るんですね。それはもちろんJR西日本は公表しているんですが、一般の方は意外に気付いていない。それを一度関西の、メッセンジャー黒田(有)さんMCの番組で言ったことがあるんですが、黒田さんが『ちょっと待ってください。あれだけの事故があったのに、今考え得る最高の装置が付けられてないんですか?』とすごく驚いていた。そこにいた他の出演者の方、皆さん、関西の芸人さんやタレントさんですが、それでも誰もご存じなかった。だからそういうことを、機会があるごとに発言するのは必要かなと思うんです」
「東京でも昨年、小田急線の火災事故(2017年9月10日・参宮橋─代々木八幡間でボクシングジムが入る建物から出火。緊急停止した各停電車の屋根に燃え移った)がありました。電車というのは基本的に鉄などの不燃性の素材で作られているんですが、屋根だけは絶縁用の塗料が塗ってあるので難燃性と多少燃えやすいんですね。電車はパンタグラフから電気を取りますから、それが車内に入ったら乗客が感電してしまう。だから塗料で絶縁している。それは鉄道に関わる人なら誰でも知ってる、屋根が燃えてしまう可能性があるのは分かっているんです。昔は布を張って絶縁していた。でもそれだともっと燃えやすいので塗料になった。これが今のところ最善の策なんですが、火災の可能性は決してゼロではない。けれど、じゃあどうしたらいいかというのは今のところ誰にも分からないんですね。でもそれを知らしめておけば、いつか誰かかがもっといい方法を考えてくれるかもしれない。私もあの時『ひるおび!』で解説させてもらったんですが、例えば小さなお子さんが観ていて、頭の片隅に覚えていてくれて、将来大人になった時、絶縁できてなおかつ絶対に燃えない素材を発明してくれるとか──何だか壮大な話になってしまいましたが(笑)」

「結局、我々は隙間なんですね」と、最後に梅原さんは言った。
「例えば何か事件や不正があった時、リベラル系と言われる新聞なんかはガンガン糾弾する。逆に保守系のメディアは体制を擁護しますよね。両者ともそこに意味があるんだろうし、それぞれの立場の人を代弁する必要があるんでしょうね。でも私たちはその隙間にいるので、ささやかながら両者にとって有効な、より良い改善策を提示していけるかもしれない、その可能性はあると思うんです。私の場合、銀行にいたり、ベンチャービジネスの雑誌の編集部に籍を置いたりと、色んなことを脈略もなくやってきたわけですが、それが今になると、こうやって隙間にいることに役立っている。そんな気がするんですね」


写真=川上 尚見
取材・文=東良 美季

#CULTURE

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