「ニュースのネタ」ではなく「人が生きる場」として——築地について語るとき、私たちの語ること

「築地」という言葉が世間を賑わし始めて、2年ほどが経つ。

その多くは「オリンピックを控え、市場移転問題に揺れる築地」「小池百合子都知事が視察」「基準値以上のベンゼンが検出」……などなど、毎日流されては消えてゆくニュースのワントピックとしてメディアを騒がせ、他の刺激によってまた忘れ去られてゆく泡沫のような扱いにすぎない。

「時事ネタのひとつ」もしくは「キャラの立った観光地」というお決まりの先入観を放棄し、ただフラットにひとつの場所としての築地を見たとき、私たちの中には何が残るのか——。

特殊な掟やコードが張り巡らされた“異界”でもあり、一方で多くの人々の胃袋を満たす“生活の場”でもある築地市場。その奥へと深く分け入り、その息遣いを収めた写真集『日々 “HIBI” TSUKIJI MARKET PHOTOGRAPH』が刊行された。撮影者は長らく広告や雑誌、そして演劇などのフィールドで活躍する写真家・加藤孝氏。装丁を手がけたのはアートディレクターの高谷廉氏。二人を結ぶ触媒となり、築地へといざなったのは、過去に築地で働き、今でも仕入れ先として築地に日常的に足を運ぶ東京・世田谷区の飲食店「アリク」店主・廣岡好和氏だ。この3人で作り上げた写真集にモノクロームで刻印された「築地」の姿が湛える、決してニュースの見出しなどには回収され得ない不思議な引力の源泉はどこにあるのか。
残念ながらこの日は高谷氏が参加できなかったものの、残るお二人に話を聞くことができた。

——豊洲への市場移転が取り沙汰されるようになり、改めて「築地」という言葉がクローズアップされています。この写真集を制作するに至った動機として、そういう状況は何か関係があるのでしょうか?


加藤 基本的には全くありません。それが問題として存在していることはもちろん理解していますが、自分の中でその問題がスタートにあったわけではないので。そもそも撮り始めたきっかけはヨッシー(廣岡氏)に「築地を撮らないか」と誘われたからなので、最初は築地という場所にどうやって意識をもっていけばいいのか、ということから悩むくらいでしたから。

——「消えていくものを記録しよう、残そう」という動機で始めたわけではない、ということですね。

加藤 そうですね。むしろ、この写真集を構成していく段階では、どうやってそうした「記録」的な見られ方をされないようにするかということに気をつけました。

では何に向かって撮っていたのかというと、きっと自分に向かって撮っていたんですね。

この場所は確かにいずれ消えゆく風景で、しかし、だからこそ生の実感を強く覚えることができる場所でもある。場内のかなり奥の方で撮影した写真もあるんですが、そういう場所ではターレー(市場内で使われる荷物運搬用の特殊車両)がガンガン走っているし、ぼーっとしてると命の危険さえもある。そうでなくても、市場の人の流れとは違う動きをしていると「邪魔だ!」とどやされたり、一般社会とは違うルールで動いていることも多いんです。ものすごい密度で様々なものが動いていて混沌とした部分と、どこかでそうした混沌を動かしていくための秩序を志向する部分、両方が奇跡的に混在している。

その中に身を置いているうち、自分の中にある混沌、そして秩序みたいなものと、妙にリズムが合うなと思い始めたんです。そこで、初めて築地と自分がリンクした。僕はもともと街を撮るのが大好きで、ニューヨーク、台湾、香港、イスタンブールなど、様々な街の写真を撮ってきました。でも、なぜだかどうしても、東京では街の写真を撮ることができなかったんです。それが、築地ではできた。あの場所をひとつの街と捉えると、確かにニューヨークや香港にある一定の“街の密度”が築地にはあったんです。

——そこがリンクして初めて、撮れるものがあるということですね。

加藤 そう。世の中には「こういうものを狙って撮ろう」という写真もあるんですが、この写真はそうではなく、自分の考え、自分の脳の中の何かの感覚、血液や肌感覚——そういうものが何か反応した時に、ほとんど無意識にシャッターを押すということでできている。撮ってる時は何も考えてないに等しいんですが、それでも自分の中のどこかに“その理由”があるんです。それは後から見てわかるものもあるんだけど、特に明確な答えが用意できるわけでもないから。いくつか、キーになるものはあるけど。

例えばこの写真は、どこか「人も、この場所も、そして自分もいずれは死に向かっていくんだな」という、自分がいつも感じている意識が形になったものなんだと思います。

廣岡 最初に加藤さんに「築地を撮らないか」と言ったのは、そういう風に「自分に向かっていってほしい」という目的もあったんです。あの場所は、加藤さんが感じたみたいに独特のリズムがあって、大げさにいうと自分自身の感覚を常に研ぎ澄ましていないと生き残れない場所。都市というシステマチックに動いていく空間の中に急に現れる、そんな場所を体験して何かを感じてほしかったんですよ。


僕が飲食店をやっていて、毎晩のように不特定多数の様々な人と相対して思うのは、もしかして人としての“感覚の衰え”が顕著になってきているんじゃないかということです。何かに掲載された情報を見てうちに来て、何かに掲載されていた「牡蠣をください」と言って、その情報を再現するために食べているような人もいる。来た時点で目的は達成しているから、「美味しかったです」と言っても次にはもう来ない。もちろん一度きりの方でもお客さんではありますけど、それは本当に「食べにきた」ということになるんだろうか——と思うような場面が増えていて。

——体験しているようで、情報を消費しているだけということでしょうか。

廣岡 お店に来るということは本来、その場所やそこにいる人たちが織りなす偶然の中に飛び込むことなんですけどね。でも、それはその人個人が悪いというより、高度に発達した消費社会の中で「自分たちは誰から何を買い、何を食べているのか」ということを考える場面があまりにも減ってしまったからなのかもしれない。

でも、築地に行けば、様々な人が雑然と動く中で人の手から人の手へと何かが渡されていくという商売の流れの中で「あの人から買いたいから」「あの人に会いたいから」そこに行くということが普通に行われている。というか、それを介してしか物事が動いていないんです。そういったミクロのやり取りがものすごい数で行われていて、その先に初めて自分の食卓に料理が並ぶということがわかれば、あらゆるシステムも営みも、根本は人なんだということに気づく。



——もう何十年も続いてきたやり取りやコードが残っているということなんですね。

廣岡 あの場所はすごく大昔から膨大な情報量と物流量を整然としたシステムで動かしている部分がある一方、すごく非合理なことがそのまま生きてる場所でもあるんです。昔ながらの仕事のやり方をそのまま、有無を言わさず口承でそのまま伝えているような部分があって、僕が働いていたときも、「この仕組み、こういうふうに改善すればもっと効率がいいのに、なんでやらないんだろう?」というようなことがたくさんあった。「なんでここにゴミを置くんだろう?結局、その後自分で掃除することになるじゃないか」とか。それを整えたりマニュアル化しようとすると、怒られるんですよ。「うるせえ!」って(笑)。

そういう場所だからこそ、僕は築地にみんなを案内するんです。ただし、僕がいるといろんな人が声をかけてきたりして“生の築地”を体験することにならないから、基本的な歩き方やマナーだけを教えて放り込みますけど(笑)。加藤さんも、同時期に案内した沼田学(撮影の成果を写真集『築地魚河岸ブルース』として発売)くんも、それぞれアプローチは違えど、やっぱりノーヒントで「人」というところにたどり着いたんですよね。勘のいい人にそれを気づかせるだけの力が、あの場所にはあるから。

加藤 さっきの密度の話でいうと、それだけあらゆるものが集積している中に身を置くのは楽しいけど、一方で「人」というものがあまりにもむき出しになっている場所にずっといると、時として疲れちゃうこともあるんだよね。そんな時に、市場の建物を抜けてぽっかりと広い空間が空いた岸壁のほうに行くと、ものすごくリラックスすることができたりして。そのコントラストもまた、この写真集には現れているような気がします。

——撮影を重ねていく過程で、何かお二人で話をしたりしたんですか?

加藤 してないよね。一緒にも行ってないし。

廣岡 僕より早い時間に行ったりしてましたよね(笑)。

加藤 そうそう、帰りにバッタリ会ったりして(笑)。すべては偶然に任せていました。

自分にとっての写真というのはデッサンや構図を決めて絵を描くようなものとは少し違うんですよね。もちろん、仕事ではスタジオでバシッと作り込んだようなものを撮ることもあるけど、それでも、やはりどこかに偶然というエッセンスがほしいと思って写真を撮ってきた。それは無意識にはずっとやってきたことなんですけど、築地を撮る中で、初めて自分の中で言語化できたんです。

写真家としては、どうしても「いい絵」を撮りたいという欲望に駆られることがある。「昨日ここを撮ったけど、今日の方が天気がいいからもう一度撮りたい」とか。でも、それはただの事実の再現であって、もう写真じゃないとも思う。そういう風になるのが嫌だから、ある一角に慣れ親しんでくると、見たことのない光景を求めて別の場所に移るということも繰り返した。そのうち、「あ、俺がほしかったのは偶然なんだ!」と思ったんです。これは、僕にとって、とても大きい経験だった。普段は感覚的にやっていることが言語化できることって、意識してやらなければなかなかないですからね。

さっきの秩序と混沌の話でいえば、やはり、築地は一定の秩序のある空間の中に誰かがガサッと置いた段ボールとか発泡スチロールの箱が徐々に増殖していったり、そこをワラワラと人がすり抜けていったりと、空間自体が偶然の積み重ねによってめまぐるしく形作られていくという場所でもある。築地を撮っていなければ、その言語化はできていなかったかもしれません。だから、この写真を撮ったことは、写真家としての自分にとって大きな財産です。

廣岡 築地は今、世界的に注目されていて、ニュースになればみんなが一時的に関心を向ける。でも、それがどういう場所なのかということを考える人は、そんなには多くないですよね。場外に行って「寿司を食べて美味しかったです」でも悪くはないんですけど、築地にあるのはそれだけじゃない。「築地の今」というものを感じてもらうことによって、別に写真を撮るという行為じゃなくても何かを考えることで、自分自身へと近づくという体験にまで昇華していくという体験ができる時間は、もうそんなに残されていないかもしれないんです。だから、特に話をしなくても加藤さんが築地を撮ることによって自分と向き合うという答えを得たのなら、僕としてはとても嬉しいですね。


——時間が残されていないというと、やはり、この先に関してはそれほど希望が持てないとお考えですか?

廣岡 移転問題がどうこうというより、仲買という特殊な業態そのものが危ないなという感じではありますね。例えば今だとインターネットもあるし、生産者と小売や消費者が直接つながることができるという場面も多い。旧来の価値観ややり方にしがみついているだけでは、築地であろうと豊洲であろうと、この先、淘汰されていく業者は多いと思います。

加藤 危ないよね。システムとしては、築地が唯一無二の存在だった時代はとっくに終わっているのに。

廣岡 ただし、少数ながら今の自分たちと同じ30〜40代の若い仲買が高い理想と強い意志を持って新しい生き残り方を模索しようとしているのも事実ですから、そういう方向を向いている人たちがあの場所にいる限り足を運び続けようとは思いますが、究極、いずれはリセットされる時が来るでしょう。その時までは見ていたいなと思います。

——そういう意識を持ちつつ写真に収めた築地の姿というのは、見た目こそ古式ゆかしいモノクロ写真ですが、やはり懐古主義とは無縁の「今」のリアリティを感じます。

加藤 そうですね。僕はそこそこ古い世代の写真家だと思いますが(笑)、「フィルム写真こそ写真だ」とか「iPhoneで撮ったものなんて写真じゃない」などというつもりは毛頭ありません。実際、ターレーに乗って市場の様子をiPhoneで撮影したムービーも製作しているくらいですから。

ただ、そういう機材的なことではなく、写真が“軽く”なっているという実感はある。写真を撮るということに対する考えが軽くなっているというのかな。iPhoneだろうがなんだろうが、撮ることが重要なのではなくて、撮りながら何を考えるかが重要だと思うんです。僕はさっき、この写真は自分に向かって撮った写真だと言ったけれど、もしこれが30年後に「築地の貴重な記録」と言われることがあるとしたら、その時は見た人がそういう意味を見出してくれたということだから、別にかまわない。見る人が、その人なりの意味を見出せばいいんです。

ただ、自分は築地の「偶然性」と向き合うことで、自分の考えをひとつ深めることができた。写真にはそういう力もあるということを、この写真集を見て感じてほしいかな。それに気づかせてくれた築地にも、感謝しています。

写真=加藤孝
インタビュー・構成=安東嵩史

[プロフィール]

加藤 孝
1955年湘南に生まれ。
日本大学芸術学部写真学科卒業後、出版社の写真部を経てフリーとなり、「東京人」「マリー・クレール」などの雑誌を中心にポートレート、ファッションを主に撮影。
ポートレートでは、作家、映画監督、音楽家など世界的クリエイターを撮る機会が多く、1993年クリエイターたちの肖像で写真展(リクルート・ギャラリー「ガーディアン・ガーデン」)開催。
小劇場から新橋演舞場まで幅広い演劇、また歌舞伎のポスター撮影も精力的に行う。
http://893537187dc0bd68.lolipop.jp/


廣岡好和
1978年千葉生まれ。
05年に上京、代官山・原宿・渋谷・白金高輪 各所の飲食店で接客と料理に従事し、築地の仲買勤務を経て現在、世田谷で牡蛎の居酒屋「アリク」を経営。
https://www.facebook.com/yoshikazu.hirooka.5


高谷 廉
仙台生まれ。東北芸術工科大学卒業。good design companyを経てAD&D設立。主な仕事に、ロート製薬×MTIによる妊活プロジェクト“THE LOVING INSTRUCTION MANUAL”、六本木ヒルズファッションキャンペーン“FLOWER LUSH”、文化村25周年V.I.など。主な受賞に、CANNES LIONS、ONESHOW、N.Y.ADC、N.Y.TDC、D&AD、Hiiibrand Typography、The Brno Biennial、GOLDEN BEE、JAGDA新人賞、日本タイポグラフィ年鑑グランプリほか。
http://www.ad-and-d.jp/

[Amazon]

日々 “HIBI" TSUKIJI MARKET PHOTOGRAPH TAKASHI KATO

#CULTURE

関連記事はありません。There are no related articles.

MOST POPULAR

LOGIN