“コスプレ×古民家” 化学反応を生むシェアリング・エコノミー

東京・町田。小田急線の鶴川駅から徒歩15分で、この風景に出くわす。とても2018年とは思えない佇まい。それもそのはず、正面に見えている茅葺屋根の民家は、ちょうど年号が慶応から明治に変わろうとする頃に建てられたものだから。築、おおよそ150年という物件である。

手入れは隅々まで行き届いている。
この家を所有する石川家は、15代に渡ってここで農業を続けてきた。家主の次男・石川健さんは現在44歳だが、幼稚園にあがる少し前までここで暮らしたという。
「隣に家を建てて家族で越したんですが、ここは正月なんかに親戚が集まったりするのに使っていて。直近で大規模な補修をしたのが20年ほど前だったかな。茅葺屋根を葺き直して、曳家(ひきや)で家の基礎に手を入れました。もうそろそろ、また補修しないといけない時期なんですよね」

曳家とは、建物を解体せずそのままの状態で曳いて移動させる建築工法。この農家の場合、今建っている場所から家屋を少しずらして、ガタがきていた基礎部分をすべて綺麗に補修した。なお、茅葺屋根をすべて綺麗に葺き直すと、概算で1,000万円くらいかかるらしい。それはさておき……。

今は1月のある日曜日の朝10時過ぎ、もう15分もすれば“2人の女性”がやってくる。そして石川さんはこの家を“貸し渡す”ことになる。ちなみに、彼女たちとはこの日が初対面。
一体何が起きようとしているのか。

石川さんに声をかけて、室内を見せてもらった。靴を脱いで上がると畳がひんやりしている。だが、手入れの行き届いた縁側は日当たり良くすこぶる気持ちいい。ずっと日向ぼっこしていたくなる場所だ。だが……。

約30分後、その縁側はこんな風景に変貌した。
“2人の女性”とは、コスプレ撮影会の主催者。彼女が企画を立て、参加者を募ってこの家を借りたのだ。カメラマンを含め、集まったのは19人。
築150年の町田の古民家・石川邸は、コスプレイヤーの聖地として人気を博しているのだ。

「シェアリング・エコノミー」は「メイキング・ケミストリー」へ

石川さんはこの家を「スペースマーケット」に登録している。2014年4月にサービスを開始した、遊休スペースをシェアするためのプラットフォームだ。石川邸のような古民家もあれば、モダンな戸建て、マンションの1室、都心の会議室、果ては野球場まで、日本全国のありとあらゆる空間が登録・レンタルされている。

近年、成長を遂げている「シェアリング・エコノミー」の好例だ。
それは、誰かが所有していてちょうど使っていない資産を、必要とする別の誰かと共有するサービス。

「スペースマーケット」の場合、その資産は「スペース」。「Uber」だったら「クルマを所有している人の空き時間」だし、「クルマそのもの」を共有し合うカーシェアリングのサービスもある。また、民泊仲介サイトの大手の「Airbnb」は「スペース」貸しだが宿泊をベースにしている。モノや場所だけでなく、誰かのスキルや時間を有効活用するケースもある。

高いお金を出して買ったり、膨大な時間をかけて取得したりしなくても、それを持っていて使っていない人から共有させてもらえばいい。で、使い終えたらまた返す。ユーザー側にとっては手軽でリスクが低く、提供側にとっては、使っていないものが誰かの役に立って利益を生み出す。イギリスのコンサルティング会社「プライスウォーターハウスクーパース(PwC)」によれば、2013年には約150億ドルの「シェアリング・エコノミー」の市場規模は、2025年には約3,350億ドルにまで成長する見込みだという。

「シェアリング・エコノミー」には、次々と新たなサービスが次々生まれている。そこでどんな物事が共有され、どんな新しい価値が生まれるのか。
今回は、町田の古民家の事例を取り上げて紹介してみよう。

なぜシェアすることになったのか

石川さんが「スペースマーケット」に登録したのは2014年の夏。それ以前から、知り合いに貸すようなことはしていた。地元で選挙があるときの拠点や、週1回のヨガ教室の会場など、親族が集まる以外にも多少は活用されていた。
それがシェアリング・エコノミーのプラットフォームに乗ることになったのは、「補修」がきっかけだった。

「少しでも補修費用を捻出できないかなと考えまして。Airbnbを検討したこともあったんです。それで、古民家をテーマにした民泊の交流会に出席したら『スペース貸しという手段もありますよ』という話を聞いたんです」と石川さんは話す。

ただそれ以前に……。
古い農家が朽ち果てて、廃墟化している姿を見かけたことはないだろうか。石川邸は、誰も住んでいないにも関わらず「貸せる状態」に維持されているのが稀有なのだ。以前からかなりの手間とコストをかけて維持管理されてきたのである。あまつさえ、未来に向けてまた近々補修しようとしている。

「実は40年ほど前、一度、取り壊そうという話があったんですよ」と語るのは石川さんのお母さん。

「その時に主人(石川さんのお父さん)が『壊さないでくれ』って家族に懇願したんです。生まれてからずっと育った家ですからね。主人は、この家が大好きなんですよ」

お母さん自身は、「取り壊したら楽だな」と少し思っていたという。
「主人がそこまで言うなら、とりあえずは残すけれど、いずれ取り壊すんだろうな。まあしょうがないかな、って。だってお金もかかりますでしょう(笑)」

そうして40年前に存続し、20年前の大工事もどうにかこうにか乗り越えた。だが、またお金のかかる局面を迎えることになったのだ。

「だから、少しでもこの家が補修費を生み出してくれるとありがたいんです(笑)。登録当初は、書道教室とかカルタの会とか、何か文化的なイベントに使われるのかなあってぼんやり考えていたんですが……」(石川さん)
「私は、こういう何の変哲も無い古い農家に、何か需要があるなんて思っても見ませんでした(笑)」(お母さん)

若手の劇団員がここを舞台に公演を行ったり、紙芝居の会が開かれたり、ちょっとした会合に使われたりする中、ある日、こんな問い合わせがあった。

“振り回したりしませんので、刀剣持ち込んでもいいですか?”

「何事かと思いました。予約されたお客様に普通にご挨拶し、トイレの場所とか設備とかを説明するんですが、その後ふと様子を見に行って驚きましたよ!」

くどいようですが……こんなふうになってたんだもの!

かくして町田の古民家は、コスプレの聖地となった

石川さんは続ける。
「最初は正直ビビりました(笑)。でも、挨拶もコミュニケーションも気持ちよくしてくれたし、後片付けもしっかりできていて、印象がすごく良かったんです。だから、予約の入るままに何組か受け付けているうち、どんどん“コスプレさん”の比率が高まっていったんです」

話を聞くと『刀剣乱舞』という、大小様々な日本刀から薙刀、槍などを擬人化したゲーム/アニメが題材。その世界観に、たまたまこの場所が近かったのだという。

2017年、この古民家は140日貸し出された。人気のスペースである。そして、その多くが『刀剣乱舞』の“コスプレさん”であった。
「おかげさまで、補修費用の多少の足しにはなるぐらいの収益は上がっています。でも改善の余地はたくさんありますね。日本の昔の雰囲気をある程度はご提供できていると思うのですが、実際に使っていただく上での快適さはまだまだかな。例えばキッチンとか、食器の数とか……」

この日、19人の“コスプレさん”を束ねて撮影会を企画した審神者(さにわ)さんは「都内 古民家」で検索してここに辿り着いた。
「都内という交通の便の良さと、鬱蒼とした雰囲気が素晴らしくて伺ったんですが、車で送迎していただいたりして、ホストの石川さんもすごく感じが良かったです」

審神者とは、ゲームに登場する刀剣男子たちを司る者だそうだ。今回、彼女が取り仕切ってこのイベントを開催したわけで、名実ともにまさに審神者と言える。

左は鶴丸国永(つるまるくになが)さん。平安時代の刀工・五条国永の手による太刀だ。「初めてこんな古民家での撮影会に参加しました。ものすごく落ち着きますね」。右の石切丸(いしきりまる)さんは、石切劔箭神社に伝わる宝刀をモチーフにした大太刀男士。「なんだか、おばあちゃん家って感じでいいすね(笑)」。

そして、備中青江派の刀工・青江貞次作の大脇差であるにっかり青江さん。「いい経験になりました! ここってすごく温かみのある空間で、祖母の家を思い出しました」と、無邪気に答えてくれた。

なんとまあ、みんな「おばあちゃんの家」っていうのである。

古民家を再生させたシェアリング・エコノミー

今、実際にお客さんに対応しているのは石川さんのお母さんだという。利用方法を“コスプレさん”たちに説明し、庭で採れた季節の花々を床の間に生け、古民家に隣接する家に配る手料理などを振舞ったりもする。それが楽しい。

「私ね、昔はこの家のことがずっと恥ずかしかったんです。嫁いできた後、お友達にも『うちには来ないでね』なんて言ってたほど。お手洗いは外だし、庭に馬小屋はあるし、土間に竃だし……(笑)。だから今、若い人たちがここへ来てすごく喜んでくれるのが新鮮な驚きなんです。1日ゆっくり過ごしてもらって『楽しかった』とか『おばあちゃん家みたい』って言われると、すごく嬉しくて。……いえそんな! 丁寧になんて対応してないですよ(笑)。

週に一度はテニスで汗を流すというお母さん、背筋をピンと張って微笑む。「だから今は、やっぱりここがなくなっちゃうと寂しいなって思うのよ」。

「シェアリング・エコノミー」が生み出したこの「ケミストリー」こそが、築150年の古民家を再生することになる。

というのも、ここがかつての「石川さんの古民家」のままだとしたら、次なるメンテナンスを経済的に乗り切れるかどうか危うい状況だったからである。前述したように古民家のメンテナンスには約1,000万円近い費用がかかるのだが、「みんなの古民家」としてシェアリング・エコノミーに委ねたことで「コスプレの聖地」となり、費用の目処が見えてきたというのだ。
毎日かまどに火を入れ、手入れを欠かさない石川さんの愛情だけでなく、この家を必要とするコスプレイヤーをはじめ多くの人たちのニーズが、築150年の古民家をさらに100年、200年と存続させていく可能性を生みつつある。

今も往時の姿を残す歴史的建造物でありながら「コスプレの聖地」となった石川さんの「みんなの古民家」は、2018年の予約が引きも切らない状態だという。
既にあるモノや空間にこれまでとは異なる価値を見出し、新たなニーズと結びつけているシェアリング・エコノミーは単なる次世代のサービスではない。今回紹介した石川邸のように、時を超えて文化や人の間に新しいコミュニケーションを生み出す装置として機能している。今後、シェアリング・エコノミーを通してさらにユニークなカルチャーが生まれることを期待したい。

【東京 町田】みんなの古民家 "Tokyo Heritage"


写真=稲田 平
取材・文=武田 篤典

#CULTURE

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