煩悩丸出しで歩くTVディレクター岡宗秀吾の“一度きりの人生の生き方”(前編)

これまでに『全日本コール選手権』『BAZOOKA!!!』などインパクトの強い番組、作品を世に送り出してきたテレビディレクターの岡宗秀吾氏。
1973年に神戸に生まれ、阪神・淡路大震災を経験した後上京し、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のADとなり、現在まで20年以上テレビ番組の制作に取り組んできた。

そして、11月30日(水)に自身初となる著書『煩悩ウォーク』を上梓。
目の前で起こる出来事すべてを常に面白がる彼の話は、珍妙ながらも力強く、ぐっと心をつかむ魅力がある。
これまで積極的には表舞台に上がらなかった彼がなぜ今回本を書くに至ったのかを皮切りに、彼が何を大切にして生きてきたのか、これからどこへ向かうのかについて話を伺った。

「なぜ俺が本なんて書くんだ!」って思いました(笑)

――『煩悩ウォーク』の発売、おめでとうございます! “白い粉”の話から始まる少年時代から阪神・淡路大震災の体験記、ご自身の仕事についてまで、濃いエピソードばかりでしたが、どのような経緯で今回のエッセイを出版することになったのでしょう?

文藝春秋の方からいきなり電話が来て、「エッセイ出しませんか?」って話をされたんです。
しかも、「もう企画は会議で通したので、あとは岡宗さんにYESをいただくだけなんです!」って言われて。「なぜ俺が本なんて書くんだ!」って思いましたね(笑)。
こういう世界にいるんで、周りにいる芸人さんやクリエイターの方にラジオ出演とか取材の話とかをいただいてやることはありましたけど、自分から積極的に表に出たいと思っていたわけではなかったんで。

――普段はディレクターとして人にオファーする側の岡宗さんが、今回は立場が逆だったんですね。

そうなんですよ。本を書くというキャリアがない人間を使うというのは大変だったと思います、担当の方。でも、それは普段僕がテレビで戦ってることでもあるんです。
僕は、まだキャリアがない人と仕事したいんですよ。キラッキラした才能があると信じた人間を取り上げて、メディアを使って一緒に上がっていくのが一番楽しい。有名なタレントさんと仕事するよりずっと嬉しいんです。
例えばメンタリストのDaiGoくんはたった4人のお客さんの前でフォーク曲げをやってたところに声をかけたり、アンガールズやバナナマンも出会った頃はそんな感じでした。
そういう良縁を組んでいきたい。それがゲリラ兵みたいなテレビマンである僕がやるべきことだと思ってるんです。

で、今度は僕がそれをしてもらったんですよね。いざ自分の番になったら「いや、僕は裏方なんで……」みたいなのはサブいんで、どうせならと思ってちゃんと書きました。
ただ、テレビマンの中でも本を出すと言ったらビジネス書の類が多いですけど、僕はそんなにロジカルに番組を作ってない。好きかどうかしかないんです。だから、そういう本ではなく、自分自身がモロに出てる内容になりました。

自由に生きる素晴らしさをスチャダラパーから学んだ

――どのエピソードも人間味があり、中には珍妙なものもありとユニークさに溢れていましたが、醸し出される自由な雰囲気が心地よかったです。

僕は自由が一番欲しいんですよ。
平日の昼間、鎌倉まで車でバーっと行って、寝っ転がって、パチンコでもして帰ろうかな、とか。映画でも観ようかな、でも寝ちゃうかもしれないからやめとこ、とか。一見無駄に見えるその時間が最も欲しいんですよ。ずーっと休みがいいんですよ(笑)。
もちろんお金も大事だし、許容範囲もありますけど。

それは、先輩であるスチャダラパーがそうだったんです。25年以上ラッパーやってるから売れてないとは言わないし、ちゃんと食えるだけのことはやってるんですけど、売れる度合いを調整している。
10代の頃から近くで見てたんですけど、いいCMの話とか断るんですよ! 時代の寵児になる中で“スーツを着た大人”が寄ってきても自分たちがNOなものは完全にNOと断る。
もともと小さな部屋にヒップポップ好きが集まって、歌詞書いて録音して……って好きでやってたことが成立してるだけだから、それ以外の競り合いには参加しないんですよね。
それを見てた僕もその感覚が染み付いてるんです。

でも、その一方でゴリゴリの序列社会に入って、ADとしてムシケラ扱いされるところから僕の仕事はスタートしてる(笑)。それはそれで嫌いじゃないんです。軍隊みたいでおもろいなって(笑)。
どんなところにもそこにしかない面白味みたいなのがあるじゃないですか。
だから、もし刑務所に入ってもすぐ諦めて、そこにいるおっさんの話とかうまい飯の食い方とかで楽しむと思うんですよね。

好きなことをやり続けるために……

――スチャダラパーからの影響も大きいと思いますが、それ以前からそういう素養はあったのでしょうか?

僕が勝ってこなかったのもあると思います。
実家は、父親が公務員の中流家庭で、金持ちでもないし貧しくもない、フラットすぎる環境だったんです。高校も途中で辞めさせられたし、勝ったことがなかった。どうせ何もないなら好きなようにやるだけだと思ってました。
あとは、震災も大きかった。金持ちだろうが貧乏だろうが、真面目だろうが不真面目だろうが、人が亡くなることに理由がないんですよね。
人生というゲームは基本的に死んだら終わりじゃないですか。それを目の前でリアルに体験したことで、好きなようにやったらいいという考えのベースが固まった気がします。

――ただ、好きなことをやり続けるために、特にディレクターという仕事では高い技術も必要ですよね。

好きなことで食っていくためには技術が必要で、そのための修練はどの世界でも大変ですよね。でも、逆に言えば、そのシーンの中で自分が入り込む隙間を探して、そこに合わせて自分を磨くだけなんですよ。
不安とか恐怖とかマイナスの感情って、想像することから生まれると思うんです。これをしたら怒られるかもしれないとか、失敗してお金がなくなったらどうしようとか。想像してる間が怖いけど、実際そうなったときは、なんとかするしかないじゃないですか。
僕は結婚してから無一文になったことが3回あるんですよ。そのときは、嫁や子どものことを考えて落ち込みましたけど、なんとかするしかないから。
だから結局、先のことを考えすぎるより楽しくやることの方が人生が豊かになると思うんですよ。

そうなると、仕事上で揉めることもよくあるんですよ。
今回の本でも、表紙のデザインをどうするかで揉めて……(笑)。
予算の都合で僕がラフ書いて、自分でギャラ払ってデザイナーに発注して作ってたんですよ。そしたら、出版社の方が「いい内容ですね!」って言った後、「……で、表紙の件なんですけど、これだと売れないので、女が手に取れるようなものに変えてもらえませんか?」って。
僕をフックアップしようという担当者の好意もあるし、1冊の本にも多くの人が関わっているからこそビジネスとして成り立つ事情も分かるけど、それは納得ができない。
そもそも本を出すことは僕から希望したものじゃないし、内容も完全に男向けで、そんな後から出てきた話に納得できなかったんです。
売れてほしいけど、売れ方があるんですよ。スチャダラパーがそうだったように僕もそういう人間なんです。
もちろん、最後までちゃんと話し合って、どちらも納得できるところに着地しましたよ(笑)。

でも、いろんなところで揉めてるんでしんどいですよ(笑)。信用してもらえたら関係は深くなるんですけどね。
“俺はこう思う”ってことをちゃんと言い続けて、それの理解者探しをしてる感じです。

(後編へ続く)

煩悩丸出しで歩くTVディレクター岡宗秀吾の“一度きりの人生の生き方”(後編)

写真=田中利幸
文=組橋信太朗

【書籍情報】
『煩悩ウォーク』

11月30日に文藝春秋社より刊行された、岡宗秀吾氏による初の著書。
1973年に神戸で生まれ、ゾンビ映画やオカルトに没頭しながら
友人や先輩たちと謳歌した青春時代の話から、阪神・淡路大震災の体験談、ADを経てテレビティレクターとして活躍する現在までのエピソードを語る。
くだらなくも人間味が溢れる岡宗氏の歩んできた道のりを愛さずにはいられない。

#CULTURE

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