「ブログは生きた証を残すために始めた」中川翔子が切り開いたサブカルチャーの未来(2/5)

発信することで生まれた新たな出会い

「いつ死ぬか分からない」とはなんとも物騒な話だが、中川の話の中にはこの後も「生」と「死」という単語が頻繁に登場する。さて、何の打算もなく叫び続けたあの頃と今、変わったのは発信のしやすさだけではない。発信した内容はより広く拡散され、受け取る人次第で前向きなものにも後ろ向きなものにもなりえる。それに対して中川は「当時は気にしないでやっていましたよ。いいものも悪いものも、どちらも含めて大きな流れの中で一緒に生きている感じでおもしろかったんです」と。

ポジティブもネガティブも抱えて生きるのが中川の感性だった。もちろん「プラス」で得られるエネルギーが彼女を生かす大きな源であったのだろうが、「マイナス」すら楽しめたのは紛れもなく彼女の才能だろう。

今の一瞬一瞬を刻んでいいんだということへのラッキーさはすごく感じています。私はできることとできないこと、好きなことと分からないことがすごくはっきりしていて、でもそれを書き記しておいたことで幸運を手にすることができた。

自らの発信が自らの幸運や出会いを生み出した、と中川は言う。

出会わなかったかもしれない人たちとも、サブカルを通じることでいきなり近い距離感で話せるようにもなっていったし、「ブログを見て頑張れました」という人に出会えたりもしたんです。不思議ですよね。瞬間を共有しながら生きていたんだ、ということは振り返るとすごく多くて。

中川の姿を見て強い気持ちを持つに至った人間はきっと多いはずだ。確かに「好き」な気持ちを電子の海に叫びやすくはなった。

好きって色々な温度があるから、「最近見始めたけどおもしろい」みたいなふわっとした入り方はあると思うし、そこからより深くハマるも良し、詳しい人に教わるも良し。何か発信する行為って、誰かを傷つけることになってはいけないなというのはありますよね。その言葉はすごい力を持ってしまうから。

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好きなものを語る時、言葉が洗練されキラキラしている

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