「手描きロレックス」で日本にアンサーする Lee Kan Kyoの“友としての消費社会”

日本中のどこの街を歩いても、必ず目にする風景がある。林立する広告やネオン看板、「特売」「期間限定セール」など惹句が書かれた店頭の貼り紙、広告のチラシにステッカー、きらびやかに輝く商品、機械的に「ポイントカードはお持ちですか?」と尋ねる店員たち……あまりに生活に溶け込みすぎてもはや我々が何の違和感も抱かないこうした日常の諸相を作品化する、台湾出身のアーティストがいる。

Lee Kan Kyoは2007年に来日して以来、広告チラシやポイントカード、またはアイドルといった消費社会のアイコンを、継続的に手描きのドローイングで表現し続けている。パフォーマンスとしても、参加者の持っているポイントカードを手描きにして渡す「Leeポイントカード」や、日々Instagramにアップしている野菜ジュースを飲むセルフィーなど、人によってはどこか皮肉めいたニュアンスを感じることもあるだろう。

Lee Kan KyoのInstagramより

台湾から日本にやってきてこうしたモチーフを選んだ彼の表現の源泉に、いったい何があるのか。新宿にて、誰もが知る高級時計・ロレックスを手描きでサンプリングした最新の個展「勞力士2D」を開催していた彼に、それを尋ねてみた。

ラジオ番組から着想を得た「ロレックス」のテーマ

——ずらっと並んだ「手描きのロレックス」、壮観ですね。何個くらいあるんですか?

200個はありますね。1個描くのに3〜4時間はかかるんですが、2か月くらいで集中してやりました。ヴィンテージから最新のモデルまで、雑誌に載っているカタログなんかを集めて、品番も調べて。すっかりロレックスに詳しくなりました(笑)。


——今回の展示のテーマにロレックスを選んだのはどうしてですか?

ラジオを聴くのが大好きなんですよ。菊地成孔さんの「粋な夜電波」(TBSラジオ)に「勞力士(ロレックス)」という、菊池さんが「和田アキ子と優木まおみがそっくり」という発見をしたことから始まった、「AさんとBさんが似ている」という投稿を受け付けるだけのコーナーがあるんですけど、その名前が「ロレックス」なんです。ブランド品には本物/偽物があるけど、この場合は人だからどちらも本物じゃないですか。そこにあえて「ロレックス」という名前を持ってきたのがすごく斬新だなと思って、「ロレックスを描こう!」と。

——ラジオですか。意外なところから入りますね。

おそらく、日本にいる全外国人とまでは言いませんが、東京の台湾人の中では一番ラジオを聴いているんじゃないかな(笑)。ニッポン放送の「土屋礼央 レオなるど」、J-WAVEの「AVALON」、TBSの「宮川賢のデートの時間でそ?!」……いろいろな番組を聴いています。たまに、ハガキを書いたりもしますよ。まだ採用されたことはないですけど(笑)。

——昔から、そうしたメディア文化への興味はあったんでしょうか。

そもそも、台湾にいる頃から、日本のテレビ番組が好きだったんですよ。2〜3か月遅れて放送される「ASAYAN」や、その前身の「浅草橋ヤング洋品店」を、ほぼリアルタイムで見ていました。「モーニング娘。」のオーディションがあったり、小室哲哉プロデュースで次々と新しいアーティストがデビューするのを見ながら、「日本って、なんだか変ですごい国だな」と思っていました。90年代の台湾は日本のポップカルチャーの全盛期でもあったので、それを浴びて育ちましたね。

手描きにすると「私のもの」になる

——絵を描くこともその頃から?

子供の頃からですね。小学校の頃、夏休みに入る前に休み中の宿題を冊子にしたものを渡されていたんですが、その冊子が、表紙だけ白紙で。「自由に表紙を描いてこい」ということなんです。それで、私が描いたのが「ストリートファイター2」など、スーパーファミコンのゲームの画面(笑)。いわば、手描きでキャプチャするような感じですね。

——すでに、今の作風と共通する雰囲気がありますね。

ゲームはしていましたが「ハマる」というほどではなかったので、単に「好きだから題材に選んだ」というわけでもないんです。それを自分の手描きにすることでその世界観により入り込めるし、誰かが作ったゲームを「私のゲーム」にできる——という感覚があって。それが、今に繋がっている部分だと思います。だから、ここにあるロレックスも、「私のロレックス」なんですよ。

——日本に来たきっかけは何だったんでしょうか。

それだけでもないんです。私は写真も撮っていたので、アラーキーや森山大道といった日本の写真家も大好きで。ずっと「彼らが撮った新宿という街に、いつか行ってみたい」と思っていたんです。それが叶って初めて来日したのが、大学を出てから。ヨドバシカメラや、新宿ALTAの横の果物屋さんなど、私が見ていた写真の原風景に出会うことができました。

「情報が詰め詰めの日本」にいて

——そして、そこで広告チラシとも出会ったんですね。

そうですね。外国にももちろんチラシはありますが、もっとシンプルなものがほとんどなので、日本のチラシの情報量の多さにはビックリしました。商品の写真、値段、割引前の値段、割引率、産地、セール期間……盛りだくさんで、全てが詰め詰め。「おもしろいな」と思うと同時に、「作るデザイナーは大変だな」と。それで、手で描いてみたらどれだけ大変か、試してみたのが始まりですね(笑)。

——大変でした?

そりゃもう(笑)。チラシだけでなく、他にも週刊誌、スポーツ新聞も描いたり……とにかく要素を詰め込めるだけ詰め込んだものが多くて、どれだけの労力がかかっているんだろうと思います。日本のコンビニの雑誌コーナーなどを見ていても、充実ぶりがすごいですしね。

——「Leeポイントカード」を作るようになったのも同じ頃ですか?

日本に暮らしていると、「ポイントカードはお持ちですか?」と1日に5回は聞かれますよね。実は一番交わす回数が多い会話かもしれない。どこに行っても何をしてもポイントが貯まるし、時には持ってても出すのが面倒くさいから「ないです」と言ったりしながら、みんな財布がパンパンになっていく。意味がわからないし、最初は疑問でしかなかったんですが、そのうちに「この国では大事なことなんだな」と思って、作品にできないかなと考えたんです。

それで作り始めたのが「Leeポイントカード」。裏にはスタンプ欄もついているから、全部貯まったらもう1枚カードが作れます(笑)。

消費社会を否定する気持ちはない

——そうしたものがアートになるという発想は、日本で普通に接していると普通なかなか浮かばないと思うんですが。

そのこと自体が、私にとってはおもしろいんですよ。みんなにとっては当たり前だけど、私にはおもしろい。ロレックスも、ポイントカードで財布がパンパンになることも、私はそういうものを否定する気はまったくないんです。「消費社会」というとたいていはネガティブに捉えられますが、「消費社会がいいんだよ!」と思ってます。みんながどんどん消費して、ポイントもどんどん貯まるし、カードもどんどん増えていく。それがいいんです。

——それは、もしかしたら台湾から日本にやってきたLeeさんならではの見方かもしれませんね。

私は来日した直後、語学学校で習う“教科書言葉”だけでは周りの人が日常的に話している日本語がわからなかったので、ラジオを毎日聴いて勉強していました。ラジオはニュースや音楽ももちろんですが、交通情報に天気、時報まで、いろいろな情報が入ってくるので、「自分はこの社会に確かにいて、参加している」という安心感がすごく大きかった。だから、今でもラジオは私の“真の友”なんです。そういう感覚が、もしかしたら、チラシやポイントカードを描く背景にもあるかもしれません。

——私たちがみんな参加できるという意味では、消費社会も私たちの“友”のようなものなんですかね。

私のポイントカードはその先にある“何かが安くなる”“得をする”といった特典はありませんから、ポイントカードのためのポイントカード。溜まったら増えていくだけ。最も純粋な“友”の形かもしれません(笑)。

昔作ったアイドルのシリーズもそうですが、私の作品には、そういう「増殖していく」スタイルが共通しているんです。アイドルの缶バッジは何百個も作ったし、このロレックスも、もう200個も描いてますからね……はっきり言って不良在庫の山ですよ! 消費社会が悪いというなら、私が一番の被害者です(笑)。

2015年に行われた展示「ドリーム・あの子(Don’t stop)より

個人史を「大きな歴史」に接続させる手段

——「たくさんある」という状況が大事だったりもするんですね。

そうです。ロレックスにしても、引いて見た時にたくさんあるのが大事。よく「どれが一番お気に入りですか?」と聞かれるんですけど、一つひとつのモデルには何の意味もなければ、優劣をつける気もなくて。スーパーマーケットでも、個別のトマトや牛肉ではなく、どんどん引いていって、たくさんのものの集合体としてそれぞれの要素が等しく“点”に近づいているのを見るのが好きですね。アイドルグループでも、そうです。特定のメンバーにフォーカスをすることには、あまり興味がない。概念としてのロレックス、概念としてのアイドルでいいんです。

——フラットというか、公平なんですね。単純な欲望であれ、ロレックスや消費社会を悪者にしてやろうというようなものであれ、そうした “消費”的な態度を避けるために、あえてディテールにフォーカスしていないのではないかという気もします。

ただ、基本的には愛を持って描いてますよ。皮肉めいた気持ちもそのすごく奥にはきっとあるけど、そういうものは表に出さないで。ロレックスは昔から数多くのセレブリティが身につけてきたし、エベレストにも深海にも行ってきた。いわば“人類の歴史”ですよ!その物語を背負ってきたロレックスを描くことで、台湾に生まれて日本に住んでいる私の歴史も、その端っこに加われればいいなと思ってるんです。あくまで手描きの、「私のロレックス」ですけどね(笑)。

——次に描きたいものはあるんですか?

ロールスロイスですね。実は、8月から台湾で個展をやるので、すでにそのために描いてるんです。台北の富錦街というところに台湾で有名なヒップホップのレーベルが持っているスペースがあって、そこで開催するんですが、ロレックスとロールスロイスって、ギラギラしててヒップホップっぽいでしょう(笑)。

——ベースはこれからも東京に?

そうですね。展示などで色々な場所に行くことも増えてきましたが、やっぱり東京がおもしろいので、拠点はここに置きたいです。オリンピックもあるし……日本の人はみんな「日本は元気がなくなってきた」というけど、まだまだキラキラしてるし、じゅうぶん元気だと思いますよ。

<Lee Kan Kyoの今後の個展>

李漢強個展|勞斯萊斯勞力士
日時|8/5(Sat)〜8/27(Sun)
時間|11:00〜19:00(現地時間)
場所|BEANS & BEATS  台北市富錦街346號 B1黑膠唱片行
オープニングレセプション
8/5(Sat)15:00〜
入場無料
ワークショップ
8/12(Sat)13:00〜18:00
参加者にロールスロイスの運転免許証を発行するワークショップ
参加費500NTD
予約はこちらから
アーティストトーク
8/13(Sun)15:00
入場無料


写真/熊谷直子
インタビュー・テキスト/安東嵩史

#CULTURE

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