『新感染』はセウォル号沈没事故と似ている? ホラー&スリラー映画がえぐる韓国社会の病巣

『新感染 ファイナル・エクスプレス』より。©2016 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & REDPETER FILM. All Rights Reserved.

 2017年、韓国発のゾンビホラー映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』が日本で公開され、大ヒットした。韓国映画としては極めて珍しいゾンビものでありながら、本国では1100万人以上の観客動員を記録し、16年の興行収入第1位を獲得(韓国での公開は16年)。スティーヴン・キングやギレルモ・デル・トロといったホラー映画の巨匠からも絶賛されるなど、世界的にも高い評価を得た。と同時に、「『新感染』には韓国内の社会問題が投影されている」といった声が聞かれることも。では、それはどのような問題なのかーー。

 ここでは、韓国のエンタテインメントに詳しい映画ライターの佐藤結氏の案内の下、『新感染』および2010年代の韓国産ホラー/スリラー映画を通して現代韓国社会に潜む諸問題に迫りたい。

『新感染』に凝縮された格差社会の対立や分断

 まず、『新感染』は、ソウル発プサン行きのKTX(韓国高速鉄道)の車内でゾンビウイルスの感染爆発に見舞われた主人公が、時速300kmで爆走する密室と化した列車の中でゾンビの群れを退けながら、感染の封じ込めに成功したプサンを目指す、というものだ。この作品は韓国社会の何を表象しているのか?

「一つは、いわゆる格差問題です。監督のヨン・サンホはもともとアニメーション出身で、彼が『新感染』に先んじて制作したアニメ映画『ソウル・ステーション/パンデミック』(韓国では16年に、日本では17年に公開)は、ソウル駅にいるホームレスの中からゾンビ感染者が現れ、ソウル市街へと感染が広がっていく、というものです」

 ソウル駅は韓国の経済発展の象徴でもある一方、そこには発展から振り落とされたホームレスの姿も見られる。

「普段、駅の利用者はホームレスを見て見ぬ振りします。そんな“見えない存在”として扱われているホームレスの中にゾンビが出現したとき、人々はそれに気づくだろうかーーという発想が、『ソウル・ステーション』の起点になっていると監督ご自身がおっしゃっています。そのような格差・階層に対する問題意識は『新感染』でも共通しており、それが暴走する列車の中にぎゅっと詰め込まれているのです」

 事実、『新感染』におけるKTXの乗客は、新自由主義の権化のようなファンドマネージャーである主人公をはじめ、腕っ節の強いワーキングクラスの男性と妊娠中の妻、高校生の野球チーム、高齢の姉妹、この中では支配階級的な立場である高速バス会社の常務、そしてホームレスと、様々な階層の人々で構成されており、そこには階層間の対立や分断も見られる。

「さらに、彼ら乗客たちを“市民”という階層で一括りにしたとき、その上位の階層としての“政府”が見えてきます。つまり、市民対政府という、よりメタな対立構造が立ち現れてくるわけです」

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 パニック映画では政府のお粗末な対応はもはや様式美だが、韓国の場合、良くも悪くもそれを身近に感じられる事例があるという。それが、2014年4月に起こったセウォル号沈没事故だ。

「この事故では修学旅行中の高校生を含む300人以上が犠牲になり、救助体制の不備が発覚するなど、政府の対応や国家のシステムに対する不信感が非常に強まりました。他方で、抗議活動をしていた遺族たちを責める人々なども現れ、彼らは徐々に孤立していった。それは映画終盤の、生き残った乗客間の対立に投影されています」

 もう一つ、『新感染』には韓国特有の背景を指摘できると佐藤氏は言う。

「1950年6月に勃発した朝鮮戦争です。あの戦争は、当初は北朝鮮が優勢で、韓国軍はプサン周辺まで撤退を余儀なくされます。多少うがった見方かもしれませんが、ソウルからKTXでプサンまで逃げていくという『新感染』のプロットは、朝鮮戦争をトレースしているようにも思えるのです」

非正規雇用、リストラ、自殺……労働問題に迫ったサイコサスペンス

 このように『新感染』が格差・階層にフォーカスした社会派ホラーだとすれば、同じ階層に属する人々が抱える不安を描いたサイコスリラーが、『隣人 The Neighbors』(2012年)だ。同作は、とある団地に住む少女が失踪し、翌日バラバラ死体になって発見され、そこから連続殺人事件に発展していくストーリーである。

「韓国の、特に都市部では、いわゆる庶民は一戸建てではなく集合住宅に住むことが多く、ソウル市内にも高層アパート(日本でいう分譲マンション)が密集しています。そうした集合住宅では、日本にも同じことが言えますが、住人同士の交流はあまりありません。『隣人』でもそれが描かれており、隣に住んでいる人が殺人鬼かもしれないという恐怖と、同じ団地の住人なのに互いに無関心であるために犯人の足取りがつかめず、そのまま逃げおおせてしまうのではないかというスリルが味わえます」

 『隣人』はいわば「住宅」を舞台にした作品だが、他方で「職場」を舞台にしたサイコサスペンスもある。それが、『オフィス 檻の中の群狼』(2015年)であり、同作では「非正規雇用」「リストラ」「自殺」といった、日本と共通する労働問題が浮き彫りにされている。

「韓国は1997年のアジア通貨危機で経済的に大打撃を受け、そこから新自由主義に舵を切ったのですが、日本と同様に非正規雇用という労働形態が一般化し、正社員との格差が問題になりました。この『オフィス』でも、同じ職場で働く人同士の身分格差が露骨に描かれています」

 同作は、平凡で家族思いの課長がある日、自分の一家を惨殺し、行方不明になるというもの。これに対して、会社は事件によるイメージ悪化を恐れて社員に対し箝口令を敷くが、警察が真相を追う中で、同社でインターンとして働く女性がキーパーソンになっていく。

「韓国では特に若者の就職難と失業率の高さが深刻で、このインターンの女の子にも地方からソウルに出てきて職を得ようとしているという背景があります。つまり、正社員として採用されたいから、会社の命令に従わざるを得ず、最初は課長のことを警察に話せなかったんです」

 そういう意味では、同作では会社組織の恐ろしさもリアルに描かれていると言えよう。

「ネタバレになってしまいますが、実は、この課長は上司からリストラを告げられた日に一家を惨殺し、自らも命を絶っているんです。つまり会社としては、リストラがきっかけで無理心中が起こったことを隠蔽したかった。それをサスペンスタッチで描いているわけです。また韓国では、アジア通貨危機の直後から自殺が激増し、2004年以降はOECD加盟国の中で最も自殺率の高い国であり続けています。そうした背景も重ね合わせることができます」

働くシングルマザーが雇う中国人ベビッシッター

 また、失業率、自殺率とともに韓国で非常に高いのが、離婚率である。『女は冷たい嘘をつく』(2016年)は、離婚後、幼い娘を育てるシングルマザーと、彼女に雇われたベビーシッターという、2人の女性が主人公だ。

「韓国の離婚率は日本よりも高く、1990年代から2000年代にかけて約3倍に跳ね上がりました。ただ、離婚した女性が主人公というのは珍しいパターンで、彼女も正社員ではなく、元夫と親権を争いながらフリーランスのPRとして毎日忙しく働いています。結果、子育てに手が回らなくなり、住み込みのベビーシッターを雇うのですが、そのベビーシッターが中国人、つまり外国人なんです」

 言うなれば、離婚問題と外国人労働者問題を同時に扱っているのだ。この中国人ベビーシッターが子どもを連れたまま姿を消してしまい、それを追う過程で彼女の背負った過去が明らかになっていく。

「韓国も日本と同様に少子高齢化が進み、外国人労働者の受け入れが課題になっており、特に04年から外国人の雇用許可制を導入して以降、外国人労働者が出てくる映画も増えました。ただ、韓国に出稼ぎにやってくる外国人は主に中国の東北地方に居住する朝鮮族で、近年の韓国映画では彼ら朝鮮族が犯罪者、もしくは犯罪組織として描かれることが多く、問題視されていました。同作の場合は朝鮮族ではなく、漢民族としての中国人が登場しますが、外国人を住み込みで雇うという設定は珍しいですね」

 なお、現在の韓国では、朝鮮族を含む中国人とともに、東南アジア出身の外国人労働者も増えているという。日本における外国人の働き口と言えばコンビニが定番だが、韓国の場合は工場などで単純労働に従事するパターンが多いようだ。

 ところで離婚と言えば、先の『新感染』の主人公は離婚寸前の妻と別居中の男性が主人公だったが、最後に紹介する『犯人は生首に訊け』(2015年)の主人公も、妻と離婚し、ソウル郊外へ越してきた医師だ。

「『犯人は生首に訊け』は、その主人公が15年におよぶ未解決連続殺人事件に巻き込まれるというサスペンス。彼が住んでいるアパートは1階が精肉店になっており、そこに独居する認知症のおじいさんが『頭は冷蔵庫の中』などと、本当にボケているのか、殺人事件の真相を告白しているのか、よく分からないことをブツブツつぶやきます。そんな同作は、1986~1991年にソウル郊外で起きた華城連続殺人事件という有名な未解決事件をモチーフとしているような描写も見られます。同事件は、ポン・ジュノ監督の映画『殺人の追憶』(2003年)をはじめ何度も映画化、ドラマ化されており、国民の事件に対する関心の高さがうかがえます」

 佐藤氏に挙げてもらった作品はいずれもエンターテイメントとして真っ当に“怖い”作品である。しかし、その背景にある韓国社会の諸問題、もっと言えばダークサイドを知ることで、また別種の“怖さ”が味わえるのではないだろうか。


佐藤 結(さとう ゆう)
映画ライター。
大学在学中に韓国・延世大学へ留学。2000年から2003年まで韓国の映画雑誌『シネ21』東京通信員を務める。
現在は『キネマ旬報』『韓流ぴあ』『TVnavi』『韓国TVドラマガイド』などの雑誌を中心に執筆。『弁護人』『インサイダーズ/内部者たち』『密偵』ほか、劇場用パンフレットにも寄稿。


取材・文=須藤 輝、中矢 俊一郎

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