イ・ランが語る、これからの社会と表現のゆくえ 「私たちの世代は、私たちに合ったシステムを作り上げなければ」(後編)

世代間のギャップや社会格差、言語、性別など、韓国社会に存在するあらゆる問題意識に向き合い、表現を繰り広げるアーティスト、イ・ランへのインタビュー後編。前編に続き、日本でも話題となった『イムジン河』カバーの制作秘話、そして次回作への思いを聞いた。
イ・ランが語る、これからの社会と表現のゆくえ「私たちの世代は、私たちに合ったシステムを作り上げなければ」(前編)

新しい世界があることを伝える芸術

イムジン河 / イ・ラン


――(屋外でのインタビュー写真の撮影を終えて)『イムジン河』の撮影の時は、もっと寒かったんじゃないですか。

めっちゃくちゃ! もう行きたくはないですね。12月だったのですが、手がとても冷たくて、手話がうまくいかないんですよ。だけど、間違ったら撮り直しです。

そして、そこは北朝鮮に近い場所です。映像では、音楽が終わったら、一人で向こうに歩いていきますよね。そこで演技をしたんですよ。銃で撃たれて倒れる演技を。雪の上で倒れて待っていたんですが、起きあがってみたら、誰もそれを撮っていない。あまりの寒さに、スタッフたちは歌の撮影が終わったからと、さっさと機材をしまっていたんです。私ひとり、雪の上に倒れていました。

――この歌に、今の韓国の社会的な問題や要素を込めた部分はありましたか。

日本での反応を見ると、そのような話が多いようですね。もし私が北朝鮮についてどう考えるか、韓国の人は北朝鮮についてどう考えるか、そう聞かれたら当然、私の考えを話すことはできます。でも、この歌を、政治的な理由で、この時期に歌おうと考えたわけではありません。だけど解釈するのは自由です。私がしたことで、人々がもう一度、統一や分断の問題について考えるのなら当然良いことです。

――韓国ではどのような反応がありましたか。

韓国では、『イムジン河』の歌を知っている人は、私よりもちょっと年上の人たち。この歌をまた聴けて良かったとコメントする人もいました。若い人の反応で面白かったのは、「何だか分からないが、良い」と(笑)。

――日本で思っているより、ライトな反応なんですね。

「『イムジン河』という題名で、日本語で何の意味か分からないけれど、とりあえず良い」。また聴覚障碍者の友達は、「美しいけど、手話はよく見えない」と言っていました。完全なる聴覚障碍者のための映像というわけではなく、言語のイメージを生かし、舞踊のようなイメージで撮ったと言ったら理解してくれましたが。韓国人は日本語が分からず、聴覚障碍者は手話がよく見えず、そして日本人は韓国語手話が分からず、誰が見ても完璧には分からないけれど、それぞれ何かを感じることはできるというのは、望んだ反応でした。

――ライブでは手話だけで歌うパートもあります。言語を越えて伝わるものがあるように感じました。

それはいわば「慣れない経験」じゃないですか。そういうものを、見た人に「何だこれ」と反発されないように提案する種類の芸術だと考えます。新しい世界があることを伝える芸術です。

――『イムジン河』は分断についての歌ですが、韓国で暮らしていても分断を感じることはありますか。

階級による分断は当然あります。お金から生まれる階級。親友の作家、アン・ウンビョルが『IMFキッズの生涯』という本(*2)を出したのですが、それを読んで、いろいろ考えさせられました。両親の世代は貯金すれば家を買える世代でしたが、IMF通貨危機により、私たちの世代は貯金しても家を買えなくなりました。就職率もかなり低くなったし。「機会の門」がほとんど閉まりかけているこの時代に、社会人として活動しているのが私たち80年代生まれです。両親の世代と私たちで分断があり、またその下、今の大学生や青少年の間にも分断があります。

私が新しいシステムについて考えているのも、親世代のシステムではもう合わないから。私たちの世代は私たちに合ったシステムを作り上げなければだめだと思っています。そして、私たちは30代。最も社会活動を活発にできる時期だから、今提案しなければ。早く始めれば、それだけ可能性も大きくなるわけです。

*2 1997年、韓国経済が破綻危機に陥り国際社会によって救済された、通称「IMF通貨危機」の時に10代だった7人に取材したインタビュー集。

神様ごっこ / イ・ラン

3枚目のアルバムは「K-POP」

――新しいシステムを、音楽で提案しようと考えるところはありますか。

今、「K-POPプロジェクト」を考えています。K-POPを歌うアイドルは、ドラマやテレビと同様、既存の世代が作ったシステムの中にいます。アイドルをしている人たちが作ったシステムではありません。ただ上から「このようにしたら大衆が音楽を消費するだろう」というように作られたのが、アイドルのシステムです。そして、当のアイドルの子たちはひどいシステムに縛られています。でも、この社会にはそのシステムしかないから、そこに入らざるを得ないわけです。

それなら「私がやってみよう」と思いました。私が大企業のドラマ産業に入ってやってみたように、そのシステムがどのように動いているのか、いちど経験してみようと。そうして何が作り出せるか、結果を見てみようと考えています。

――それはアイドルをプロデュースするのではなく、自分が歌うということ?

アイドルスタイルの音楽制作に関わり、歌も歌います。ひょっとしたら踊るかもしれません。新しいトラックを作って、そこに私が歌詞を入れてK-POP形態の音楽を作る。それをアイドルと呼ばれていない私のようなアーティストが歌った場合、どうなるかやってみたいと思っています。できた曲も、既存のアイドルの曲とは同じにはならないでしょうし、リズムや音楽的な面ではK-POP的であっても、歌詞は全然違うものになるでしょう。それが新しいスタイルとして提案できるようなものなら、企業に提案することが可能です。さきほど話した、映像コンテンツと同じように。

最近、「新都市」(ソウル乙支路にあるDJバー)などでDJパーティーをしている友達の一人のCONG VUが、「韓国人が楽しく聞ける音楽はアイドル音楽」だと考え、SMエンターテインメント(*3)などの曲をDJでプレイするようになりました。そのように新しい道を探している、アイドル音楽に関心のある人たちが周囲にたくさんいるから、彼らにK-POPプロジェクトを手伝ってほしいと話しているところです。

*3 BoAや少女時代、東方神起にSHINeeなどを輩出した、韓国においてアイドルビジネスの先駆けと言える大手芸能事務所。

――恋愛の歌……にはならなさそうですね。

アイドルたちが聴いて、「アイドルだからと言ってこういうことばかり歌わなくてもいいんだ」と思ってくれれば。音楽業界の反応も気になりますね。参考にできるものがないから、とりあえずやってみて、結果を見てみたいんです。失敗するかもしれないし、逆に成功して韓国大衆歌謡賞でK-POP部門大賞を取るかもしれない。分からないからやってみたいと思います。私はアイドルが好きであると同時に嫌いな人間なのですが、プロジェクトをしながら、どんなものが好きでどんなものが嫌いなのか整理することもできます。

――それではバンド形態での演奏は少なくなりそう?

『神様ごっこ』に関する活動は、今年の夏で終わる予定です。次の3枚目のアルバムはK-POPプロジェクトにしたいのですが、それが出た後はどのようにライブするかは分かりません。バンドアレンジしてライブするかもしれないし、ギターで弾き語るかもしれないし、踊りながら歌うかもしれない。リップシンク(口パク)もするかも。作品ができてみないと分かりませんが、面白くなりそうです。今年の目標は、アルバム制作と、そして映像作品でチャンネルを作ること、この二つです。

――3月に日本でライブがあります。ここを聴いてほしいというポイントはありますか。

正直、ソウルでの単独公演と同じようにやると思いますよ(笑)。

――日本で期待していることや、楽しみにしていることは?

うーん……。実は特にないです。ニュース、見ました? パリ公演について私がインタビューを受けたのですが、あれ面白かったでしょ? 質問が「パリでライブする気持ちはどうでしょう」とか「韓国と何が違いますか」とか。私としては、ひとつも違いはないですよ。パリでライブしても在住韓国人が見に来るだけだから。だから「飛行機に12時間乗ってやってきたのを除けば、変わりはないですよ」と答えました。でもそれは記者が望む答えじゃないから、いたずら心で「“すごく素敵ですよー!すごく新しい経験で!”という話が聞きたいんですよね?」と言ったら、そこだけ切って「すごく新しい経験で!」だけ放送されたんです。私の表情もまさに冗談を言っているようで。この映像はゴミみたいだなあと思いました(笑)。

ともかく、身体が移動するだけで、聴きたい人のために歌うのは全く同じです。

――イ・ランらしい答えですねえ。最後なので、アイドルインタビューっぽく、日本のファンに一言(笑)。

日本のファン……。イメージも沸かないなあ。じゃあこうしよう、プレゼントください(笑)。この前テレビ番組に出た時に、アイドルが「貢物」、いわゆるプレゼントをもらう文化について討論しました。トップアイドルなら数千万、億単位でもらうようですが、どんな心でそれを受け取るのか、非常に気になります。私も、ファンからプレゼントをもらいます。手紙や猫シールとか。もちろん高いものではないから負担はなく、ありがたくいただきます。アイドルは車とか金のゴルフクラブとかもらうのですが、それをもらったらどんな気分になるのだろう。受け取れるだろうか。断るだろうか。
ともかく「プレゼントをください」ということで。でも猫グッズ以外がいいなあ。ファンは私が猫を飼ってるから猫好きだと思って、よく猫グッズをくれるのですが、家に既にかわいい猫がいるので、猫グッズは特に必要ないです(笑)。

イ・ラン
1986年ソウル生まれ。16歳で家出・独立後、イラストレーター、漫画家として仕事を始める。その後、大学に入って映画の演出を専攻し、在学中に趣味で音楽を作り始め、2011年シングル「よく知らないくせに」でCDデビュー。その後、短編映画『変わらなくてはいけない』『ゆとり』、コミック『イ・ラン4コマ漫画』『私が30代になった』、エッセイ『いったい何をしようという人間かと』、アルバム『ヨンヨンスン』『神様ごっこ』(2016年9月、sweet dreams pressより日本盤リリース)などの作品を発表。韓国のみならず世界各国で大きな支持を得る芸術家。
 『神様ごっこ』で2017年の第14回韓国大衆音楽賞最優秀フォーク楽曲賞を受賞するも、そのトロフィーを授賞式の場でオークションにかけるなど、批評的な言動も注目を浴びる。2018年3月には日本国内5箇所を廻るツアー予定

Lang Lee Japan Tour 2018
■3月17日(土)栃木・那須塩原 SHOZO 音楽室
出演:イ・ラン+イ・ヘジ
開場 6:00pm/開演 7:30pm

■3月18日(日)仙台 TRUNK | CREATIVE OFFICE SHARING
出演:イ・ラン+イ・ヘジ、yumbo、長内綾子(Survivart|トーク聞き手)
開場 4:30pm/開演 5:00pm/終演8:30pm

■3月21日(水・祝)金沢 オヨヨ書林せせらぎ通り店
トーク:イ・ラン(イ・ラン映像作品上映会・トークショー )
開場 2:00pm/開演 2:30pm

■3月21日(水・祝)金沢 shirasagi/白鷺美術
出演:イ・ラン+イ・ヘジ
開場 7:00pm/開演 8:00pm

■3月23日(金)東京・武蔵小山 ひらつかホール
出演:イ・ラン(5人編成フルバンド・セット)
開場 6:00pm/開演 7:00pm

企画・制作:スウィート・ドリームス・プレス
招聘:OURWORKS合同会社


写真=熊谷 直子
取材・文=清水 博之
企画=安東 嵩史 (TISSUE Inc.)

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