老若男女が見る国民的ヒップホップ番組とは? 世界進出するコリアン・ラップの内情(後編)

『SHOW ME THE MONEY』シーズン4におけるソン・ミンホ(WINNER)のステージ動画より
 2015年に世界的にバスった韓国人ラッパー、キース・エイプの「It G Ma」。前編では同曲に着目し、韓国のヒップホップ・シーンと本場アメリカのシーンとの関係性を考察してきた。後編となる今回は、引き続き『ヒップホップコリア 韓国語ラップ読本』
(パブリブ)の著者である鳥居咲子氏と、国内外の音楽・カルチャー情報を配信するニュースサイト「FNMNL(フェノメナル)」を運営する和田哲郎氏を案内役に、韓国のドメスティックなヒップホップ・シーンに目を向けたい。

『フリースタイルダンジョン』とは異なるラップ番組の構造

 そこでキーとなるのが、2012年よりケーブルテレビのMnetで放送が開始されたラップ・サバイバル番組『SHOW ME THE MONEY』(以下『SMTM』)だ。同番組は、2013年のシーズン2まではアマチュアもしくはアンダーグラウンドのラッパーのみが参加していたが、2014年のシーズン3以降、テレビなどへの露出が多く、認知度が高いアイドル・ラッパーも出演するようになり、一気にブレイク。ヒップホップがお茶の間に浸透した。

 ヒップホップをテーマにしたテレビ番組というと、日本のフリースタイルMCバトル番組『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日)を思い浮かべてしまうが、その中身はまったく異なるという。
「『SMTM』は、例えばアディダスが1億円を投資するなど、制作費も巨額ですし、番組のオーディションを受ける人数も1万人規模です。視聴者層にしても、『フリースタイルダンジョン』は人気番組とはいえ、中年のサラリーマンや主婦層にまで届いているかというと、そうではない。でも『SMTM』は、韓国の老若男女みんなが見ている、いわば国民的番組なんです」(鳥居氏)
 また、『フリースタイルダンジョン』が基本的に一対一のMCバトルであるのに対し、『SMTM』はチーム戦であるという点も異なっている。
「そのチーム内の人間模様や出演ラッパーたちの家族にもフォーカスし、ドキュメンタリー・タッチで番組が作られていて、お涙頂戴的な演出もあります。彼らがラップを披露するステージも、ファイナルに近づくにつれてどんどん大がかりになる。終盤はバトルではなく、5分間のソロステージ対決になるので、かなり準備された、ダンサーも出るような派手なパフォーマンスが繰り広げられます」(鳥居氏)

 そして、和田氏によれば、根本的に違うのが「番組を通じて“曲ができる”こと」だという。
「『SMTM』では、チームのメンバーで協力して曲を作るんです。結局、『フリースタイルダンジョン』はあくまでバトルなので、ラッパー個人のキャラクター性に注目が集まりがちですよね。一方『SMTM』は、芸能的ではありますが、楽曲に重きを置いてヒップホップ・カルチャー全体を見据えている。要は、ラッパーがフリースタイルのスキルを見せるのと、ラッパーの曲が世に知れ渡るというのは、効果としてまったくの別物なんです」(和田氏)
 事実、番組内で作った曲が韓国のヒット・チャートのトップ10を独占することも珍しくない。ちなみに、「SMTM」から生まれた曲で最もヒットしたのが、シーズン4(2015年)でジコ(男性アイドル・グループ、Block Bのメンバーとしても活躍)とパロアルトが共作した『거북선(亀甲船)』だ。

「この曲は流行りすぎて、韓国のどこに行っても年中かかっています。いまだにいろんなラッパーがカバーしていますし、ステージでやれば必ず盛り上がるクラシックになっていますね」(鳥居氏)

ラッパーが副業でK-POPアイドルを指導する

 かくして、『SMTM』によって韓国のヒップホップは瞬く間に大衆化した。しかし、その結果として、同番組に出演するかしないかで、韓国のラッパー間に格差が生じてもいる。
「『SMTM』に出た人と出ていない人では、ストリーミングの再生数もライブのギャラも、ケタが変わってきます。つまり、ぽっと出の新人でも『SMTM』に出演したという事実があれば十分に稼げますが、逆にどんなにキャリアがあって、スキルが高くて、他のラッパーたちからリスペクトされているラッパーでも、『SMTM』へ出ないことには収入も知名度も低いままです」(鳥居氏)
 鳥居氏の話で「ストリーミング」というワードが出たように、ラッパーに限らず韓国のミュージシャンの主な収益源は、CDではなくストリーミング・サービスである。2015年からようやくストリーミング・サービスが本格化してきた日本と違い、韓国では2000年代半ばに有料のストリーミング・サービスが定着。国内で独自のインフラが完成しているため、Apple MusicやSpotifyが入り込む余地がないほどだという。
「韓国には最大手のMelOn(メロン)をはじめ、Olleh Music(オーレ・ミュージック)、Bugs(バグズ)、Soribada(ソリバダ)など多数のストリーミング会社があります。どこもプランが豊富で、日本円にして600~900円程度の月額利用料で十分元が取れます。結果、ストリーミング・サービスは急速に普及し、現在の韓国の音楽市場の90%以上を占めています」(鳥居氏)

MelonOlleh Musicのサイトより

 ただし、ストリーミング・サービスは再生数を稼げるアーティストに富が集中する構造になっており、再生数の少ないアーティストは実入りも少なく、売った分だけ収益になるCD時代よりも厳しい状況になっている。『SMTM』で名が売れたラッパーの場合、シングルのリリースでも毎週数十万円単位で収入を得られるが、そうではないラッパーは本業だけで食べていくのは難しく、副業で生計を立てている者も少なくない。
「中でもメジャーな副業は、ラップのレッスンです。これはアマチュア向けの個人レッスンもあれば、芸能事務所からK-POPアイドルへのラップ指導を委託されるケースもあります」(和田氏)
「例えばPタイプというラッパーは、2000年前後に多音節ライム(2つ以上の音節で韻を踏むこと)という新たなライミングを開発した、“ラップの教科書”と呼ばれるベテランですが、他方で女性アイドル・グループ、元2NE1のCLにラップを教えていました。このような場合、アイドル側がインタビューなどで『○○さんにラップを教わりました』といった発言をすると、先生ラッパーにもスポットが当たることもありますね」(鳥居氏)

 また、韓国にはラップ、ビート・メイキング、DJなどを教える学部を備えた大学や専門学校があり、そこで講師として教壇に立つラッパーもいるという。プロのラッパーから直に指導を受けられるとあって、学生からの人気も高いようだ。
「韓国ではヒップホップがビジネスとして成り立っているからこそ、そうしたある種のエコシステムが働いているんです」(和田氏)

新曲を出さないラッパーが淘汰される“健全”なシーン

 そして、後進の育成という点では、シーンの第一線で活躍する売れっ子のラッパーたちも大きな役割を果たしている。
「今、韓国では人気ラッパーがサブ・レーベルを立ち上げ、有望な若手ラッパーの活躍場所を設けるのがトレンドになっているんです。ジェイ・パークの〈H1GHR MUSIC RECORDS〉や、Dok2(ドッキ)の〈AMBITION MUSIK〉がその代表格ですね」(和田氏)

 ジェイ・パークは〈AOMG〉、Dok2は〈Illionaire Records〉と、それぞれ韓国を代表するヒップホップ・レーベルを運営しているのは前編で述べた通り。自分たちが十分に売れているからこそ、若手を囲う余裕ができるというわけである。
 では最後に、今後、韓国のヒップホップはどうなっていくのだろうか?
「今、韓国のヒップホップはサウンド的にもトレンドの先端にいるし、自分たちでトレンドを生み出す力もあると思っています。国内のブームが数年先にどうなっているかは正直わかりませんが、K-POPがそうであったように、日本やアジア方面にも今まで以上に浸透していくのではないでしょうか」(和田氏)
「ジェイ・パークが典型的なのですが、毎月のように新曲を出したり、どんどん新しい展開を見せてリスナーを飽きさせないんです。才能のある若手も続々と出てきて新陳代謝も活発ですし、今のところはブームが衰える兆候は見られませんね」(鳥居氏)

 新曲を矢継ぎ早に出せるのも、音楽の消費スタイルの主流がストリーミングだからこそだろう。逆に、リリース・ペースの遅いラッパーはすぐに忘れられるし、場合によってはひどくディスられるという。
「ジェイ・パークと一緒に〈AOMG〉の共同CEOを務めているサイモン・ドミニクというラッパーがいるのですが、彼はジェイ・パークに比べてずっと寡作なんですよ。だからインスタグラムを更新すると、ファンから『写真をアップしてる暇があるなら、曲を作れ!』とディスられたり……」(鳥居氏)

「ただ、ろくに活動していないラッパーが淘汰されていくというのは、シーンのあり方としては健全ですよね」(和田氏)
 トレンドに敏感で、新曲をリリースしないとシーンから消えてしまうほど新陳代謝も活発。韓国が過酷な競争社会であることはよく知られているが、それはヒップホップ・シーンにおいても同様だ。その競争の中から絶えず刺激的な表現が生まれてくるのであり、その目まぐるしさが韓国のヒップホップの特色なのだろう。


取材・文=加藤 隆之介、須藤 輝

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