BTS(防弾少年団)は本当にアメリカを制したか? 世界進出するコリアン・ラップの内情(前編)

BTS(防弾少年団)のミュージック・ビデオ「FAKE LOVE」より
 ヒップホップのリスナーであれば、2015年、韓国人ラッパーのキース・エイプがYouTubeにアップした楽曲「It G Ma」が、アメリカを中心に世界的なバズを生んだことを記憶している人も多いだろう。あるいは、ヒップホップ・グループのBTS(防弾少年団)が、2017年11月に米ロサンゼルスで開催されたアメリカン・ミュージック・アワード(AMA)に韓国人グループとして初めて招待されたのみならず、2018年5月にはK-POP初の快挙となる米ビルボード・アルバムチャート1位を獲得したーー。
 このように近年、韓国のヒップホップが急速に勢いを増しているように見える。だが、日本でその内実はまだまだ知られていないのではないだろうか。そこで、『ヒップホップコリア 韓国語ラップ読本』(パブリブ)の著者である鳥居咲子氏と、国内外の音楽・カルチャー情報を配信するニュースサイト「FNMNL(フェノメナル)」を運営する和田哲郎氏の話をもとに、前後編に分けて韓国のヒップホップ・シーンの深層に迫りたい。

「It G Ma」をバズらせたキース・エイプは“一発屋”か?

 まず前編では、前述の「It G Ma」を取っかかりに、韓国とアメリカのヒップホップ・シーンの関係性を中心に掘り下げよう。

「実は、『It G Ma』がバズったきっかけはネガティブなものでした。米アトランタのラッパー、OG・マコの『U Guessed It』という曲をそのままパクっていたようなところがありましたからね」(鳥居氏)
「それを、OG・マコ本人が非難したことをきっかけに、アメリカでも大きな話題となったのです。ただ、楽曲自体に波及力がなければ、つまりキャッチーな曲でなければバズりませんし、結果的にどんどんポジティブな方向で広まっていきました」(和田氏)

 この「It G Ma」のヒットにより、キース・エイプはアメリカに活動拠点を移すこととなる。しかしそれは、韓国のラッパーがアメリカで市民権を得たことを意味するわけではないという。
「『It G Ma』の功績は、韓国のヒップホップを世に知らしめたことよりも、後の〈88rising〉につながる流れを作った点にあるように思います」(和田氏)
 〈88rising〉とは、ヒップホップを核にアジアのユース・カルチャーをグローバルに発信するプラットフォームであり、2016年に開設された公式YouTubeチャンネルの登録者数は170万人を突破している(2018年6月現在)。
「その設立者は、ショーン・ミヤシロという日本と韓国とのハーフのアメリカ人です。彼はもともとVICEが運営するエレクトロニック音楽メディア『Thump』の編集者だったのですが、そこで扱うEDMなどに興味を失い、〈88rising〉の前身となる〈CXSHXNLY〉というレーベル兼マネージメント会社を立ち上げます。そこにキース・エイプを招き入れたんです」(和田氏)

「彼が渡米した頃に『COMPLEX』に載った記事によると、ショーン・ミヤシロは、自身がマネージメントしていた韓国系アメリカ人ラッパーのダムファウンデッドから電話越しに『It G Ma』を聞かされて、すぐさまキース・エイプをアメリカに呼び寄せたそうです」(鳥居氏)

 ただし、先述の通り〈88rising〉は“アジア”をレプレゼントするプラットフォームであり、韓国だけにフォーカスしているわけではない。事実、〈88rising〉の看板アーティストは、2016年に若干16歳でデビューしたインドネシア出身のラッパーであるリッチ・ブライアン(18年にリッチ・チガから改名)や、中国発ラップ・ユニットのハイヤー・ブラザーズである。

「キース・エイプは〈88rising〉の中核を担うラッパーだったはずなのですが、彼よりもリッチ・ブライアンやハイアー・ブラザーズの方が人気が出たため、かなり影が薄くなってしまった印象があります」(和田氏)

米ヒップホップのメインストリームに食い込めないBTS(防弾少年団)

 とはいえ、「It G Ma」がヒットしたことで、韓国のラッパーがアメリカでライブをする機会自体は増えているという。
「例えば、韓国系アメリカ人ラッパーのジェイ・パーク(2008年から2010年まで韓国のアイドル・グループ、2PMのリーダーとして活躍したパク・ジェボム)が2013年に設立したレーベル〈AOMG〉所属の韓国人アーティストたちが、2016年に全米8都市を回るツアーを成功させています」(和田氏)

「現在の韓国内のヒップホップ・シーンを代表するラッパーであるDok2(ドッキ)とザ・クワイエットが共同で立ち上げた〈Illionaire Records〉や、同じく人気ラッパーのパロアルトが設立し、過去にはキース・エイプも所属した〈Hi-Lite Records〉といったレーベルの主要ラッパーもアメリカを回っていますね。あるいは、〈Amoeba Culture〉というレーベルが2015年に開催したツアーでは、ザイオン・Tという看板ラッパーの集客力もあり、1公演あたり5000人を動員したようです」(鳥居氏)

 しかしながら、彼ら韓国人ラッパーを観に集まるオーディエンスは、いわゆるヘッズ(ヒップホップ・ファン)とは少々趣きが異なるようだ。
「〈AOMG〉の全米ツアーのムービーに映っている観客たちの風貌は、ヒップホップ好きというよりはアイドル・ファンに近いんです。2017年のAMAでパフォーマンスを披露したBTSのファンも、そうした傾向がありますね」(和田氏)
「BTSの場合は特に、最近アメリカで減ってきているいわゆるボーイズ・グループが好きな層に刺さっている印象があります。その意味では、ファンは獲得しているものの、アメリカのヒップホップのメインストリームには食い込めていないというもどかしさがありますね」(鳥居氏)
 「It G Ma」はYouTubeで5400万回以上再生されており(2018年6月現在)、最も多く再生された国はアメリカだというが、それでも韓国のラッパーとアメリカのシーンの間には高い壁があるようだ。

 では、「It G Ma」がヒットしたことで、韓国内のヒップホップ・シーンに変化は起こったのだろうか?
「実は、キース・エイプも『It G Ma』も、韓国のヒップホップ・シーンにはなんの影響も与えていません。というのも、韓国の一般的なヒップホップ・リスナーは、国内のシーンにしか興味がないんです」(鳥居氏)
「そもそもキース・エイプは、2014年9月まではキッド・アッシュ名義で活動していたのですが、さしたる実績は残せていませんでした。だから、『It G Ma』は突然出てきたところがあるんです」(和田氏)

 しかも彼は、過去に韓国のラップをディスる発言をしているという。
「キース・エイプは、自身の所属するザ・コーホートというクルー以外の韓国のラッパーに対して、『It sucks(クソだ)』と言ったんです。それに対するディス曲が韓国のラッパーたちの間から噴出したのですが、彼は自らの英語の拙さを言い訳にして、応戦することもなくスルーし、うやむやになりました」(鳥居氏)
 言うなれば、キース・エイプは「大した実績もないのに韓国のラップをディスり、一発当ててアメリカに飛んだ奴」という扱いなのだ。そんな彼がアメリカでも今ひとつパッとしないというのは、気の毒な話である。
 あるいは、「It G Ma」の韓国ヒップホップ・シーンへの影響を強いて挙げるなら、それは同曲でフィーチャリングされている日本人ラッパー、KOHHの名を韓国内に知らしめたことだという。
「韓国ではキース・エイプよりKOHHのほうが人気があって、『日本のラッパーといえば、KOHHしかいない』くらいのイメージを持たれています。結局、『It G Ma』から3年以上が経ちますが、いまだにあの曲は浮いた存在なんです。例えば、PSYの『江南スタイル』と似たような部分がありますね」(鳥居氏)

本場のトレンドを仲介した韓国系アメリカ人の存在

 以上のように、韓国とアメリカのヒップホップ・シーンにはある種の断絶があるようにも見えるが、実はその一方で深く繋がってもいるという。その橋渡し役は、2010年の米国国勢調査で約170万人を数え、米国総人口の約0.6%を占める韓国系アメリカ人だ。
「つまり、韓国系アメリカ人のコミュニティを通して、本場のトレンドがリアルタイムで韓国に入ってくる。そこが日本とは大きく違う点ですね。2010年代であれば、アメリカのヒップホップ・シーンを席巻したアトランタ発のサウンド&ビートであるトラップが、韓国では普通のカフェで流れているほど根づいています」(和田氏)
 また、韓国系アメリカ人のラッパーが、本場アメリカのモードを韓国へ輸入するパターンもある。とりわけ、オケイションの果たした役割は大きいという。
「オケイションはアメリカ生まれのラッパーですが、2010年に韓国に移住し、2012年に〈Hi-Lite Records〉から1stアルバム『탑승수속(搭乗手続き)』をリリースします。この作品が、本場のトラップを韓国に持ち込んだと高く評価されました。その影響は非常に大きくて、当時の〈Hi-Lite〉所属のラッパーたちもみなオケイション的なサウンドに傾倒していきました」(鳥居氏)

 ちなみに、オケイションはキース・エイプと同じ時期に〈Hi-Lite〉に在籍しており(オケイションは2016年にフリーとなり、翌年にビッグバンやブラックピンクなどを擁する韓国のトップ芸能事務所、YG Entertainment傘下の〈THE BLACK LABEL〉と契約)、キース・エイプをザ・コーホートに誘った人物でもあり、また「It G Ma」にもフィーチャリングされている。
「ただ、オケイションはアンダーグラウンド寄りのラッパーなので、彼の曲はヒットチャートに上がってこないんです。そういう意味では、彼が持ち込んだ本場のトレンドを定着させたのは、Dok2(ドッキ)のようなメジャー寄りのラッパーです。Dok2はインディ・レーベルの〈Illionaire Records〉を運営する一方、バラエティ番組に出演するなど芸能活動にも積極的で、彼の曲ならヒット・チャートのトップ10に入ってきます」(鳥居氏)
 このように韓国のヒップホップが本場のトレンドにキャッチアップしているのは現在も変わらず、和田氏によれば「サウンド的に最先端なのは間違いなく韓国」だという。
「今のヒップホップのトレンドは、R&B的な要素を含んだサウンドなんです。つまり、メロウなトラックに歌とラップを半々くらいで乗せるようなスタイル。それが、アメリカよりも先に韓国で体系化されている印象があります。2017年末にライアン・ヘムズワースというカナダのDJが、R&Bと一体化した韓国のラップを集めた『K-R&B Mix』というミックステープをYouTubeとSoundCloudにアップして話題になったんです。これは、韓国のラッパーたちがアメリカのマネをしつつ、よりキャッチーな方向で独自のサウンドを作り上げているということの証左でしょう。その点で、K-POPと近いものがあります」(和田氏)

「最近の韓国はR&B的なラップがめちゃくちゃ流行っていて、個人的には食傷気味なほど。韓国では、ひとつのジャンルが流行るとみんな一斉に飛びつくようなところがあるんです。逆に言うと、いち早く流行に乗らないと取り残されてしまいます。日本の場合、安易に海外のトレンドを取り入れるとパクリ認定されがちですが、韓国のアーティストはそこに躊躇がないというか、『パクリだろ!』と言われることを恐れていません」(鳥居氏)
 だからこそ、OG・マコの「U Guessed It」を臆面もなくパクった「It G Ma」が生まれたのであり、なおかつ元ネタよりもキャッチーに仕上げたことで世界的にバズったのかもしれない。であれば、「It G Ma」は実に韓国的な楽曲であったといえよう。
 ここまで同曲を手がかりにコリアン・ラップのあり方を探ってきたが、その実像に迫るためには、韓国で国民的な人気を博しているヒップホップ・サバイバル番組『SHOW ME THE MONEY』にも触れないわけにはいかない。後編では、同番組を軸に国内シーンにより深く切り込んでみよう。

(後編へつづく)
老若男女が見る国民的ヒップホップ番組とは? 世界進出するコリアン・ラップの内情(後編)


取材・文=加藤 隆之介、須藤 輝

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