『border|korea』 写真家・菱田雄介が見た南北のボーダーと、分断された世界に対して写真ができること

地図上に引かれた1本の線は、人間の運命をどう変えるのか。

イランやアフガン、9.11後のニューヨーク、震災に見舞われた東北といった歴史が動く場所におもむき、日常の風景にこだわって撮影してきた写真家・菱田雄介さんが昨年の12月に発表した『border|korea』は、軍事境界線によって今なお分断状態にある韓国と北朝鮮を行き来しながら撮影した写真で編まれた作品集だ。

両国の人や日常の風景それぞれを同じように撮った写真を並置し、それらをそのまま2つの国に置き換えたような構成のこの本は、同じ民族が分け隔られることがどういうことかを淡々と訴えかけ、私たちが普段接しているマスメディアからの情報とは違う角度で、南北の今を伝えてくれる。

『border|korea』を作った経過や、撮影時に目の当たりにした両国の現状、国家や地域、さらには個人レベルで分断の進むこの時代に対して写真に、あるいは写真家に何ができるのか、菱田さんに聞いた。

北朝鮮を撮る中で感じた、両国をフラットに見たいという思い

——『boder|korea』の撮影を始めたきっかけを教えてください。

もともと北朝鮮に興味があって、2009年の5月に初めて撮影に行ったんです。その時に、北朝鮮が韓国のパラレルワールドに見えたんですよ。それで、当初は北朝鮮だけを撮るつもりだったのが、韓国を撮った写真を並べたら面白いと思って、韓国も撮ることにしたんです。

もう1つ、当時テレビを見ているとまだ「韓流ブーム」の名残があって、ヨン様の来日に騒ぐ人たちのニュースの後に金正日がテポドンを撃ったというニュースが続くような状態で、両方が直結していたんです。この2つはものすごく近距離で起きている話なのに、テレビ局側は全く違うものとして報じているし、見る側もそう捉えていた。その違和感が、韓国と北朝鮮をフラットに見たいという気持ちに繋がりました。

——実際に行ってみて、どうでしたか?

最初に、戦前の日本はこんな感じだったんじゃないかと思いました。北朝鮮は戦前の日本のように、ある種の軍事政権が統治していて、国民はその為政者に忠誠を誓っている。一方で、韓国は今の日本と同様にアメリカベースの資本主義を受け入れている。戦前の日本が北朝鮮に近いとすると、戦後の日本は韓国に近いのではないかと感じたんです。生まれる時代によっては、日本人もどちらの価値観にもなり得たのではないかとも思って。実際に、敗戦当時には米英中ソの4国で日本を分割統治するプランもありましたからね。

マスメディアの報道からこぼれ落ちる「日常」を残したかった

——『border|korea』の撮影期間はどれくらいですか?

足掛け7年くらいですね。北朝鮮には7回行っていて、1回あたり1週間と考えると全部で1カ月半くらい。韓国には十数回行きました。1回の滞在日数が短いので、実質2カ月くらいでしょうか。

——写真集として発表したのはなぜでしょう?

北朝鮮の場合、とりわけ日本のメディアでは、意図的にではないけれど、悪く描かれることが多いですよね。それもまた事実の積み重なりであって、間違いだとは思わない。ただ、別の角度で見られるものがあってもいいと思うんですね。

でも、テレビで「北朝鮮でも意外と普通の人が普通の生活をしてるんです」と言っていても、それは流れ去ってしまう。自分としては、それを手元に残る形のものとして世に出す——いや、それ以前に、自分の手に持っておきたかったということです。

——本を開いて気づいたのですが、北朝鮮の写真が見開きの左ページにきていて、韓国の写真は右ページです。この構成にした理由はありますか?

地理的に、北が上で南が下。北から南を見る方がしっくりきた。それ以上の意味はありません。

——写っているのは若い世代が多いですね。

一番撮りやすかったというのはありました。特に、北の場合は学校で撮る機会が多かったですし。お年寄りも撮りたいと思っていたけれど、撮影する機会が少なかった。魅力的な写真がもっと撮れていたら増えていたかもしれません。

——今を伝えながらも未来に向けた本にするという意図から、若者が多いのかと思いました。

それもあります。写真を撮る時にある程度は人物が同じ大きさになるように撮っているんですけれど、より近づけるためにPhotoshopでトリミングするんです。目と目が重なるように画像を重ね合わせて調整する時に、北の人が南にいるように、南の人が北にいるように見える。これって、すごく意味があるように思っていて。

将来、もしかしたらお互いが行き来できる日が来るかもしれない。これだけ近いのに、今この人たちは会うこともできないし言葉も交わせない。お互いの生活を想像することさえできない。その現状を写真集として留め置きたいという思いはありました。

予想より撮りやすかった北朝鮮と、北の写真に興味を持つ韓国

——撮影はどのように進めたのですか? とりわけ、北朝鮮では自由に撮れないイメージがありますが。

旅行代理店に1人ツアーを組んでもらって旅行者として入るんですが、僕が行った時は北朝鮮のガイドが2人、ドライバーが1人に専用車が1台付きました。「海が見たい」「遊園地に行きたい」と頼むとコーディネートしてくれるんです。慣れてくると、レンズを外すと換えのレンズを用意してくれたり、フィルム交換も手伝ってくれる(笑)。自由に出歩くことはできませんが、旅行者への対応は手厚いんです。

——ガイドとは言っても、監視者でもありますよね。

確かにそうだと思います。撮影に行く前に「あっちの見せたいものを見せられるだけだよ」と、いろんな人に言われました。その通りなんだけれど、それが現実の北朝鮮だということが大事だと思っているんです。

例えば、ポートレートを撮ろうとする。その人は北朝鮮で生まれ育った人で、風に揺れる髪とか服のシワとかボタンのほつれ、そういうディテールすべてが北朝鮮の現実だと思うんですよ。表面しか撮れないなら、徹底してその表面を撮りたいと思ったんです。それによって見えてくるものがあるんじゃないかって。ポートレートを中心に撮ることになった理由もそこにあります。

——ガイドに行きたい場所を伝えて、拒否されたことはありましたか?

「難しい」と言われたことはあります。モランボン楽団(北朝鮮の最高指導者である金正恩委員長により結成された“国営ガールズバンド”)を撮りたいと頼んだ時は、公演がないし外国人は入れないと言われて。でも、それは日本でも同じ。外国人がいきなり来て「福山雅治のポートレートを撮りたい」って言っても無理ですからね。

でも、ピョンヤンの街を歩きながらの撮影もできたし、特に困ったことはありませんでしたよ。北朝鮮という国の中で僕らが泳げるのは、言ってみれば水槽の中なんですけれど、その水槽が意外と大きいんです。

——韓国ではどうでしたか?

北に対するネガティブなイメージが強いと思っていたので、撮らせてもらえても、北と南を並べる形で作品にすることには消極的な反応があるかと思っていて、最初は不安でしたけれどそうでもなかった。むしろ、北朝鮮の日常みたいな写真を見せると、みんな食い入るように見る。その写真をまずは通訳してくれる人に見せて、興味を持ったところで撮影の趣旨を説明して手伝ってもらいました。

——どうして北朝鮮の写真に興味を示したんでしょう?

韓国では北朝鮮の情報が規制されていて、例えば、『我が民族同志』というプロパガンダ的な映像は韓国からはアクセスできないけれど、日本からは見られる。北朝鮮の情報については日本人の方が身近なのかもしれません。

——北朝鮮で被写体になった人の反応はどうでしたか?

考えて、時間をかけて撮るという行為が不思議だったみたいです。撮った人たちは、北朝鮮の中では外国人に慣れている人たちなんです。例えば、表紙の左側の少女は万景台学生少年宮殿という施設で歌を披露している子なんですけれど、そこは週2回公開されていて、中国人観光客が集団で行って、バーっと撮って帰るみたいなことがよくある所で。

——菱田さんはどういうふうに撮影を?

観光客が去った後に「時間をください」と言って、2、3分かけて1人を撮りました。僕はできるだけ自然な表情を撮りたいので。撮影したある学生から「中国人はすぐ帰るのに日本人が時間をかけて撮るのはなぜ?」と尋ねられたと、ガイドに聞きました。

共通している部分にこそ「分断」が表れる

——南北両方を撮る中で、分断を感じたことはありましたか?

写真を撮る時に毎回「ハナ、トゥル、セ!」(1、2、3)と言うんですけれど、南も北も一緒なんです。これが分断ということなんだろうと思いました。

——異なる点ではなく共通点から感じたと。

そうです。様相の全く異なる国で同じ言葉が通じることこそが、分断を表しているんじゃないかと。

——韓国と北朝鮮の、特に若者の間に著しい生活の差は感じましたか?

韓国と違って、北朝鮮では一般市民はネットができない(大学生、科学者、政府機関職員などの一部のユーザーには許可されている。また、市民のごく少数は、北朝鮮国内でのみ利用可能なイントラネット「Kwangmyong」の使用を許可されている)とか、Facebookが使えないといったことはあります。代わりに、北の若者はメールで恋愛の格言を回したり、チェーンメールのようなことをやっている。一度、北の若者にスマホの中の写真を見せてもらうことがあって。友達と海で騒いだり、知り合いを訪ねた軍の基地で楽しげに撮っていたりしているんですよ。

——どこにでもいる普通の若者の生活ですね。

そう。彼らは北朝鮮の中では恵まれた人たちなのかもしれないけれど、そういう姿を見ると、生活に満足しているように見えました。それに「何でも手に入れれば幸せ」というのとは違う価値観で教育されていますからね。満たされているとは言い切れない部分もありますけれど、できないことや、足りないことがそのまま不幸かというと、違うかもしれない。満足度の方向性はそれぞれで違っていますが、韓国も北朝鮮もどちらかが一方的に不幸なのか? というと、そこは一考の余地があるかもしれない。

——それは写真集からも伝わってきます。韓国の若者も北朝鮮の若者も大きくは変わらない。本心は分からないけれど、菱田さんが捉えた彼らの表情に偽りは感じません。

偽りはないと思います。写真と同時に撮影の様子を動画で撮っているのですが、それを見ると、最初、北の子はすごく繕った、北朝鮮的な微笑みをする。反射というか、それが正しいと思って生きているので仕方がないんですけれど。写真では、そうじゃない瞬間を狙いました。

——彼らは、現在の分断された状況についてはどう考えているんでしょう?

70年以上体制が違ったままなので、政治的にも文化的にも同じ国になるのは難しいと思っているようですね。双方とも、東西ドイツのように一緒になるイメージは持っていないと思います。庶民レベルでは、統合は途方もなさすぎる話なんです。それよりも「お互いがもっと仲良くなれればいいな」という感じでしょうか。建国の祖である金日成主席が生前に掲げた「一国二制度」、1つの旗のもとに2つの制度があるという考え方もあるようです。

写真には「現実に向き合うヒント」を提示する力がある

——今回の特集のテーマは「カルチャーは断絶に抗う」なのですが、北と南の人が断絶された状況に対して、写真には何ができると思いますか?

その現実にどう向き合ってリアクションするかを考えるヒントを提供することはできると思っていて、この本を作った理由もそこなんです。「分断」の反意語は「統一」だとすると、難しすぎるテーマですが、「分断」の反意語が「理解」だとすれば、それは写真で実現可能なのかもしれません。

——現実を捉えるに際して、写真の持つ強みは何だと思いますか?

僕が写真を始めたのは、10分間のVTRよりも1/125秒で捉えた瞬間の方が人々の想像力を掻き立てることがあると感じたから。テレビの映像はそのまま流れていきやすいけれど、写真は人によって向き合う時間も変わるし、写っている髪の毛1本、シワの1本までより深く伝わる。目の前にある現実を伝えるには一番いいメディアだと思います。

それに、写真は手元に残りますよね。事実がそこにあったことを、時間も空間も離れた所にいる人に届けられる。

——『border|korea』は、個々の写真について言葉で説明しないことで、目の前の事実をそのままに写し出していると感じました。特定の意味や解釈にとらわれないからこそ、これからを作っていくために行動する人たちがフラットに物事を考える材料としてのポテンシャルが写真にあるのでは?


そうだと思います。そして、撮り手に見えている世界、目の前の現実を写し取って提示することが写真家の仕事だと思います。

今はたまたま『border|korea』のような形で提示できるから、僕は写真をメディアとして使っています。思っていることを提示できるものが他にあれば、それを使うかもしれない。でも、現場に立ってその人と向き合ってシャッターを押すことは、これからも続けていきたいと思っています。僕にとって、写真は現実と向き合う手段なんです。

菱田雄介写真集『border | korea』
5,940円(税込)|282×225㎜|120ページ|上製本(クロス装)
デザイン:加藤勝也+金晃平
こちらより購入可能


菱田 雄介(ひしだ ゆうすけ)
写真家/映像ディレクター 1972年東京生まれ
歴史とその傍らにある生活をテーマに撮影を続ける。

【出版】
2005年 『ある日、』(月曜社/NY、アフガン、イラクの日常)
2006年 『BESLAN』(新風舎/チェチェン勢力のテロに襲われた学校の物語)
2011年 『アフターマス〜震災後の写真〜』(NTT出版・写真評論家 飯沢耕太郎氏との共著)
2014年 『2011』(VNC/2011年の現場を訪ね歩くドキュメント)
2017年 『border|korea』
【受賞】
2006年 『ぼくらの学校』(ニコン三木淳奨励賞)
2008年 『クナシリ』(写真新世紀佳作)
2010年 『portraits of Pyongyang, portraits of Seoul』(写真新世紀佳作)

【展示】
2012年 『border/McD』(大阪・ブルームギャラリー)
    『border/korea」(Documentary Arts Asia タイ・チェンマイ)
2014年 『2011年41月』(宮城・仙台メディアテーク)
2016年 大邱フォトビエンナーレ(韓国・大邱)
      水原フォトフェスティバル(韓国・水原)

【トークショー情報】
「border | korea」レンズ越しに見た北朝鮮・韓国
日程:2018年5月1日(火)
開場:LOFT9 Shibuya
開場/開演:19時/19時30分
ゲスト:飯沢耕太郎(写真評論家)高英起(北朝鮮ジャーナリスト)他
入場料:前売り2,000円 当日2,500円(写真集持参者には500円キャッシュバック)
本書が伝えようとしているメッセージから撮影秘話、そして写真集では見られない動画「moving portraits」も公開。


写真提供:菱田 雄介(『border | korea』より)
取材・文:渡邊 浩行
企画:安東 嵩史(TISSUE Inc.)

Korea Issue

関連記事はありません。There are no related articles.

#CULTURE

関連記事はありません。There are no related articles.

MOST POPULAR

LOGIN