ライターズ(Writers)〜「書く」ことを職業にした人々~
第1回:北尾トロ(ノンフィクション・ライター)中編

ライターズ(Writers)〜「書く」ことを職業にした人々~ 第1回:北尾トロ(ノンフィクション・ライター)前編

「書く」ことを「生業」した方々のお話を聞くインタビュー・シリーズ。第1回のゲストは、ベストセラーとなった裁判傍聴記『裁判長!ここは懲役4年でどうすか─100の空論より一度のナマ傍聴』(文春文庫)で知られる、ノンフィクション・ライターの北尾トロさん。裁判だけでなく、妻子と暮らす自宅や仕事場とは別に、実際に見知らぬ街に6畳一間のアパートを借りて9カ月暮らしてみる『男の隠れ家を持ってみた』(新潮文庫)や、近年では自ら狩猟免許を取得して猟に挑戦する『猟師になりたい!』(角川文庫)など、リアルな体験型ライターでもある。
また西荻窪在住時(現在は長野県松本市在住)には、当時まだ珍しかったインターネット古書店を開業(その体験を元に『ぼくはオンライン古本屋のおやじさん』を執筆)、タウン誌『西荻丼』を創刊、2006年より現在まで続く本好きのためのイベント「西荻ブックマーク」を創始、2008年からは長野県伊那市高遠町にて「本の町プロジェクト」を手がけた。さらにはインディーズ雑誌『季刊レポ』(現在は休刊中)の編集長兼発行人を務めるなど、その活躍は多岐に渡る。

現状に埋没して、ギャラの良いライター仕事ばかりしていたら、いつまで経っても自分の書きたいものなんて書けないぞという焦りがあった

出版のあてのないまま、競馬に関わる裏方の人たちに連絡を取り、自費で取材に出かけた。そうやって書いた『馬なりの人生』(日本能率協会マネジメントセンター 1992年)を通して、ライターとしての面白さとやり甲斐を掴んだ伊藤秀樹は、いよいよ北尾トロ名義の単行本第1作、『彼女が電話をかけている場所─通話中』(芸文社 1994年)を手がける。元々、下関マグロが個人的に発行していたミニコミ誌『わにわに新聞』に連載されたものだ。故にこちらもまた、何のあてもなく取材を始めた企画であった。

「僕もマグロさんも、現状に対して『何かしなくちゃ』『このままじゃダメだ』っていう意識があったんだと思う。当時もうバブルは崩壊していたけど、その残り香はたっぷりとあってね、就職求人誌なんかの原稿は結構ギャラが良かった。僕たちのやってた仕事は地味なものだったけど、贅沢を言わなければ充分暮らしていけたんだ。でもそういう原稿書きだけに埋没してたら、いつまでも自分の書きたいものなんて書けないぞという焦りがあった。だから昼間は食べていくため、会社(脳天気商会)を維持していくための仕事をやって、夜中から朝まで、事務所で書きたい原稿を書いた。まだ30代、若くて体力あったしね」
『彼女が電話を〜』は、こんな場面から始まる。
主人公の「ぼく」は、アパートの一室でぼんやりテレビを観ている。ガラパゴス島の紹介番組をやっていて、ブラウン管からはリポーター役のタレントが繰り返す「秘境」という言葉が聞こえていた。だけど、と「ぼく」は思うのだ。パスポートを取って飛行機に乗れば誰でも行けるガラパゴスは、本当に「秘境」なんだろうか?
それよりも、彼はこの東京にこそ秘境はあるんじゃないかと考える。例えばこのアパートの2階、天井を隔てた部屋だ。そこに住むのが男性であれば、さほど問題はないかもしれない。でも女性、しかも若い女の子だったらその「秘境」度はぐっと増す。ドアをノックして名乗っても、そう簡単に開けてくれないだろう。ましてや見知らぬ男を部屋に上げてくれたりはしないはずだ。
彼女たちはこの東京で、どんな理由があって一人暮らしをしているんだろう? 親からの独立、経済的自立、故郷を離れ東京にいたい、恋人とのセックス──その理由を知りたいため、「ぼく」はカメラを手に、「室内旅行」の旅に出る。

「あの頃はね」とトロさんは回想する。「自分にとって生々しいもの、リアルなもの、しかも身近な〈東京〉という場所にあって、尚かつ──これは今も変わらないんだけど──他人からすればくだらない、決して世の中の役には立たないものを探してた。そういうものを書きたいって思ってたんだ。それとやはり『馬なりの人生』で味わった、一生懸命に、誠心誠意お願いすれば取材はできるんだ、やりたいことは可能になるんだっていう歓びだよね。もちろん断られることだってあるんだけどさ」
そう、『彼女が電話を〜』の後半には、取材直前になってドタキャンされる、待ち合わせ場所に現れないといった例が幾つか挙げられる。
「商業誌の取材で撮るようになってたから、写真も面白いなって思ってた時期だった。というのも女の子たちは気持ち悪いわけだよ。できれば部屋になんか上げたくない。『一人暮らしの理由なら、外で会ってお話しますよ』となる。でもそれじゃあ〈秘境探検〉にはならない。だから『一枚でいいから部屋の写真が欲しいんです』と。当時は携帯がまだ普及する前、彼女たちが外と繋がる手段は固定電話だった。女の人は電話が好きだし、これは一人暮らしの象徴だろうと考えた。だから『あなたが部屋で電話しているところを写真に撮りたいんです』と頼んだんだ」
撮ったフィルムは仕事で知り合った友人のカメラマンに暗室を借り、教えを乞うて自分でプリントした。それを脳天気商会で眺めているとき、他の打合せで来ていた芸文社の編集者が「これ、本になりますね」と単行本化を提案した。

僕にとってペンネームで書くということは、北尾トロという理想のライター像を演じることでもあった

「この本から北尾トロなんだ。僕にとってペンネームで書くというのはとても大きかった。それは本名の自分ではちょっとびびってしまうことでもやれる。北尾トロというライターを演じるというかね、僕が、ライターとしてこうありたいという理想の姿でもあった。つまり本名の伊藤クンは人見知りで突っ込みの甘いところがあるけど、北尾はそこはガンガン切り込むんだよ、というね。『彼女が電話を〜』も、やっぱり全然売れなかった。でも、そんなの関係ないくらい仕事が面白くなったし、雑誌の特集の中で、一人のライターとして小器用にやるんじゃなくて、自分の書きたいテーマで、北尾トロ名義でもっと連載をやりたいなあという意識になっていったんだ」
そう思っていた矢先であった。後の北尾トロに大きな転機を与える、一人の編集者が訪ねて来る。当時三才ブックスという出版社で『裏モノの本』というムックの編集長だった尾形誠規氏。『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』(鉄人社、2000年。のちに幻冬舎文庫で文庫化)、『裁判長!ここは懲役4年でどうすか─100の空論より一度のナマ傍聴』(鉄人社、2003年。のちに文春文庫で文庫化)、『男の隠れ家を持ってみた』(新潮文庫、2008年)などなど、北尾トロの代表作には必ず「オガタ」の表記で登場、名コンビとなる人物である。
「どこかで噂を聞きつけたとかで突然、脳天気商会に僕とマグロさんを訪ねてきたんだ。そして僕にはダッチワイフとかペニス増大器とか、エロ本に載ってる怪しい通販商品を実際に使ってレポートしてみないかって言った。マグロさんの方は、そこから怪しい乱交パーティとか、SM趣味の人が集まる店への潜入レポートとかへ繋がっていく(『トロとマグロの平成ニッポン裏街道』ベストセラーズ 1998年所収)。ウン、面白そうだって思った。つまり誰かと会うというような一般的な取材ではないんだけど、実際に試してレポートするということじゃない? それは本名の伊藤秀樹は実生活で絶対にやらないことだけど、北尾トロなら果敢に挑戦するわけだよ」

「そこで僕が決めたのは、エンターテインメントにしたい、面白くて笑えるレポートにするという方針。そのためには、ちゃんとやらなきゃダメだと思った。ダッチワイフなんてさ、実際に使わなくても原稿は書けるわけだよ。だけどそこは本当にヤルと。しかもダッチワイフは安いものから高級品まであるから、松竹梅と3種類買って試す──いや、ダッチワイフのワイフは妻だ。つまり妻をめとるわけだから、それぞれにトメ、ミツコ、サリーと名前を付けて生活を共にすると(笑)。そうやって笑いの方向に行こうとするとね、益々真剣にやらないといけないということが分かってくる。いい加減じゃ誰も笑ってくれないということが、書けば書くほど身に沁みてくるんだ。だから次第にお仕事感覚ではなくて、自分がのめり込めるような素材を日常的に探すようになった。オガタから『コレやってみてよ』と言われるままじゃなく、自分なりに『コレは怪しいぞ』というものを探して企画を出すとか、どんどん積極的になっていったよね」
JICC出版(現・宝島社)の『別冊宝島』を始め、A5平綴のムック本(雑誌と書籍をあわせた性格を持つ刊行物、magazineのm-とbookの-ookの混成語)が流行った時期だった。同じA5ムックだった『裏モノの本』(三才ブックス)は、その中でも特に読者の興味を惹き売上げを伸ばし、尾形氏は『裏アルバイトの本』『裏仕事師の本』といったムックを次々と手がけ、北尾トロもそこに積極的に関わっていく。

1998年には尾形氏ら三才ブックスの「ムック制作班」数名が独立し、鉄人社を設立。月刊誌『裏モノJAPAN』(鉄人社)が創刊。北尾の活躍の場もこちらへ移って続いていった。北尾トロ本人が代表作という『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』(鉄人社 2000年。のちに幻冬舎文庫で文庫化)も、ベストセラー『裁判長!ここは懲役4年でどうすか─100の空論より一度のナマ傍聴』も、同誌に連載されたものだ。
「売れてて勢いがあったし、オガタも若かった(1959年生まれ)からさ、ダメ出しがすごいんだよ。ダッチワイフなんかの後、僕はスポーツ新聞の三行広告が怪しい、面白いと思って企画を出した。それが『裏アルバイトの本』になるんだけど、最初にやったのが新聞勧誘員だった(「小心者の潜入記・新聞拡張団に入ってみた」『危ないお仕事!』新潮文庫・所収』)。するとヤツは『面白くなかったら原稿料は払わないからな』なんて言う。『アルバイト代もらうんだからいいだろう』と。そういうことを言われるとさ、こっちも『チクショー、面白くしてやろうじゃないか』って燃えるわけだよ」

地下鉄サリン事件の前年、オウム真理教の年越しイベントに潜入しようと画策した

「今思うとムックという媒体も良かったんだと思う。一冊に10人から15人くらい執筆者がいて、同様のテーマでそれぞれのネタを原稿にする。となると、その中でトップを取りたい、一番面白かったと言われたいんだな。僕はそういうとこだけ変に負けず嫌いだから一生懸命書く。でもそれってさ、実はオガタの撒いたエサにまんまと食い付いているんだ(笑)。何十年とライターやっていても、相性がぴったりと合う、『コイツはすごいヤツだな』って思える編集者になんてそうそう出会えるもんじゃない。そういう意味でオガタは最初にして最強の編集者というかね。後にヒラカツ(平野勝敏氏『季刊レポ』副編集長、『もいちど修学旅行をしてみたいと思ったのだ』小学館 2008年・担当)とか、他にも色々と出会うわけだけれど、お互い若かった時期に、オガタに出会えたのは大きかったね」
「例えば僕は1994年から1995年にかけての、オウム真理教の年越しイベントに潜入しようと画策したことがある。つまり地下鉄サリン事件前年の大晦日だよ。場所は上九一色村のサティアン。1990年の衆院選出馬のときの〈アストラル・コンサート〉にも行ったし、その後も超能力セミナーの担当者に接触したりしてたからね(「オウム潜入未遂記」『トロとマグロの平成ニッポン裏街道』所収)。そのときオガタに言われたのは『分かった。潜入して書いたら、オウムからは必ず猛然と抗議が来るだろう。それはオレがライターのお前を身体を張って守る。ただし、お前の家族や嫁さんまでは守れない、だから悪いことは言わない。惜しいけどこの企画は諦めよう』ということだった」

「そういうヤツだからね、野球賭博師とか非合法ポーカー賭博屋とか、かなりヤバイ連中まで取材できた(『怪しいお仕事!』新潮文庫・所収』)。何しろ僕はビビリの小心者だからさ(笑)。オガタが『万が一ヤバイことになったら、オレが菓子折持って謝りに行くから、北尾は好きに書いてくれ』と。その代わりオガタと二人で決めたのは、だからといって変に過激なネタを探したり、エスカレートするのはやめようと。僕はヤクザだとかアウトローとか、そういう世界に興味があるわけじゃないから。怪しい仕事のシステムや、その人の人物像を知りたいんだよね。また、オガタも北尾が何かそういう闇社会をジャーナリスティックに取材したって面白くないと分かってるから。僕にとって切実なテーマを、僕がビビッたり恐がったりしながら取材する、その様が面白いんだと」
そう、北尾トロの文章のすごさ、最大の魅力は、なんと言ってもその「切実性」であり、そこから生まれるライヴ感である。だから例えば『裁判長!ここは懲役4年でどうすか─100の空論より一度のナマ傍聴』に始まる一連の裁判傍聴記などは、まるで読者である僕までが傍聴席に座り、北尾トロの隣で被告人と検事、弁護士と証人の白熱したやりとりを間近に見ているような気分になるのだ。

そしてもうひとつが、本人も語る決してジャーナリスティックにはならない視点である。物見遊山であり野次馬的だからこそ、見えてくる世界がある。例えば『裁判長!ここは懲役4年で〜』には、早朝、制限速度時速60キロの道路を100キロで車を飛ばしていた被告が、バイクを避けきれず数十メートル引きずり死亡させてしまったという事件がある。実はオートバイの方も信号無視をして突っ込んできたという事情があり、情状酌量の余地は充分にあるのだが、運転手の被告は、なんと背中にドクロマークが入ったトレーナー姿で出廷するのだ。ページからは、傍聴席から漏れるため息が聞こえてきそうな気さえする描写である。
ジャーナリスティックな取材では、絶対に描かれることのないシーンだろう。そもそも新聞やテレビで交通事故裁判が取り上げられることはほとんどないのだが、そこにこそ生々しい人間の姿がある。だからこそ北尾トロ本人も、<クルマを運転する人間にとって、交通事故の裁判ほど身近で恐ろしいものはない。天国から地獄、奈落の底に落ちる。ぼくは傍聴以来、すっかり安全運転になっている。>と感想を記すのだ。

もうひとつ、『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』には、北尾トロ自身が「42歳のフリーライターが、就職を目指したらどうなるか」を実験するため、ハローワークへ通うという章がある。彼はそこでライターとして積み上げてきたキャリア云々の前に、今までフリーランスで生きてきた自分とは、再就職に当たっては何の価値もないことを思い知らされる。それは今までの人生すべてを否定されたのと同じだ。
意気消沈したトロさんは、同世代の中年オヤジたちがたむろっている喫煙所の輪の中に入るのだが、そこでは「2年は頑張って通うんだな」と絶望的な励ましを受ける。しかしそうやって負のオーラを発散しつつも会話をしている連中はまだいい方で、しゃがみ込んでうなだれ、一言も発しない中年男も数人いるのだ。思わず「深刻だなあ」と呟くと、うなだれていた一人が「死ねるもんなら死にたいよ、殺してくれよー」と悲鳴にも似た叫びを上げるのである。北尾トロはこう書く、<「ハローワーク」なんて名称、悪い冗談にしか思えない。>と。正しいジャーナリズムは中年男性の再就職の難しさや、それに対する政府や行政の姿勢を指摘し批判することはできるだろう。けれど、名もない中年男の絶望までは描けない。

故に北尾トロは「僕は、すべての文章の中でエンタメが最高最強だと思ってる」と言う。「ジャーナリズムは尊敬すべき仕事だし敬意は払うけれど、どこかに〈正しさ〉とか、読者にとって〈知っておかなければならない情報〉という面があると思う。だから、多少面白くなくても読んでもらえる、少なくともその可能性はある。でもその点、エンタメはゼロだよね。つまんなかったら誰も読んでくれない。読者にとってリアルで、切実で、尚かつ面白くないとダメでしょう? そういう意味で、僕は自分の書いた本の中では、『キミは他人に鼻毛が出てますよと言えるか』が一番好きなんだ。あれは、そういう自分の中ある切実な思いみたいなものを、どの作品より生々しく出せた気がする。その代わり取材はものすごく毎回大変で、身を磨り減らすくらい消耗したけど、その分充実感はすごくあった」

無謀な体験ルポは、やがて「私小説」の領域へと入り込んでいく

「あの本もやっぱり『裏モノJAPAN』の連載で、オガタとの雑談の中から始まったんだ。電車に乗っているとさ、どうにも気になるオジサンというのがいるわけだよ。この人は何の仕事をしてるんだろうって考えてしまう。家族はいるんだろうか、これまでどんな人生を歩んで来たんだろうか、とか。話しかけて聞いてみたいと思う。でも普通はやらないよね。そのまま電車を降りて、家に帰って風呂にでも入ってるうちにそんなことは忘れてしまう。けれどそれでいいんだろうか? そうやって気になる人に話しかけることなく、オレは人生を終えていいんだろうか。一度くらいやっておかないと、死ぬ前に後悔しないだろうかと。くだらないことだよ、妙なこだわりなのは分かってるんだけどね。雑談しながらそんな話になって、オガタが『書けよ。お前がそれをやって、悩んだり苦しんだりするのをオレは読みたい』と言ったんだ」
そこで北尾トロは地下鉄丸の内線に乗り込み、見知らぬ中年男に声をかける。「今日も寒いですねえ」という当たり障りのない台詞から始まり、競馬新聞を読んでいる男を見つけては、「明日のメインレース、良さそうな馬、いますか」など。しかしことごとく無視されるか、「この後ビールでも一杯やりながらレースの検討をしませんか」と誘い、「嫌です」と無下に断られたりする。当然だろう。ホモのナンパか宗教の勧誘だと思われるのだ。しかし彼は諦めない。大蔵省スキャンダルを報じる中吊り広告を眺めていたオヤジに「役人もひどいですねえ」と持ちかけ、やっとのことで会話が弾む。ところがそこにひょんなことから見知らぬ愛想のいいオバサンが割り込んでくる。そしてこれからカルチャーセンターの生徒仲間3人(全員60代の女性)とカラオケに行くから、「アンタもいらっしゃいよ」と誘われ、結局、北島三郎の「函館の女(ひと)」を熱唱することになるのだ。
確かに世の中の正義や未来にはまったく役に立たないが、読んでいる間中、息の詰まるような白熱のノンフィクションである。まさに北尾トロの真骨頂がここにある。

「そこでもやはり、オガタと決めたのは、むやみに刺激を求めるのはやめようということだった。例えばバンジージャンプをやった回もあったんだ。確かに僕は、高所恐怖症とまでは言わないけれど、やっぱり高いところは恐い。でもこれは失敗だった。面白くなかった。なぜなら僕の中に〈今バンジージャンプを飛ばなければ一生後悔する〉という切実さはなかったんだ。リアクションのいいお笑いの芸人さんとかが、罰ゲームでバンジーやったらそれは面白いと思うよ。でも、僕みたいなオッサンのライターがやっても意味がない。ましてやテレビのようにカメラで写すわけでもない。文章で書いたって絶対に伝わらないんだ」
以降、自分にとって切実なもの、やらなければ死ぬときに後悔するだろうことを追求し、「電車の中でマナーの悪い若者を注意する」「激マズの蕎麦屋にはっきりマズイと告げる」「皐月賞に30万円1点買いで挑む」など、冒険を繰り返す。これをやらせた担当・尾形誠規の裁量もすごいと思う。凡庸な編集者なら安易に読者のウケを狙い、まさにバンジージャンプ的方向へ向かわせるだろう。
しかしそうならなかったために、北尾トロの冒険はさらに自らの内面へと向かうのだ。結果、「48歳の若さで死んだ父親とのなれそめを、福岡にいる母親に聞きにいく」や「日野高校時代の同級生・吉野美歌(仮名)に、あの頃言えなかった『好きだ』という気持ちを伝えにいく」の章などは、もう「私小説」と言っていいほどの領域へと入り込む。

白眉は「クラス一丸でさんざんイジメた教師に謝罪する」だろう。教師デビューしたばかりの新任教師を、真面目で実直だという理由だけでバカにした。授業中にからかうだけでなく、休みの日に下宿にまで押しかけ、『週刊プレイボーイ』を一冊見つけただけで「アイツの部屋はエロ本だらけだった」と嘘の噂を流した。そのせいで先生は心に深い傷を負い、彼らの卒業後教師を辞め故郷へ帰った。自殺したという噂まである。しかし北尾トロが調べてみると、先生は生きていた。しかも東京にいると言う。果たして──、という展開となる。
さらに失踪した、かつて事務所に間借りさせ面倒を見ていた後輩ライターの足跡を辿る「消えたフリーライター、持馬ツヨシの行方を追う」に至っては、短編のハードボイルドミステリーの如き味わいがある。
『キミは他人に鼻毛が〜』の連載は30代の終わりから40代の初めにかけて、「体力もあってそれなりに文章力も付いていた時代だったから、一番充実した仕事ができた」とトロさんは言う。ここで味わった経験と培った筆力が、3年後のベストセラー『裁判長!ここは懲役4年でどうすか-100の空論より一度のナマ傍聴』に繋がったことは想像に難くない。
しかしその後、彼は本名の伊藤秀樹と、北尾トロとの間のギャップに気づき始める。かつては理想のライター像であった「北尾トロ」が生き生きと活躍の幅を広げるのと反比例して、伊藤秀樹の存在がどんどん薄まっていくのだ。それはまるでロバート・ゼメキス監督による映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で、未来に撮った家族写真の中で、自分の姿が消えていくことに脅えるマーティ少年(マイケル・J・フォックス)のようでもあった。

(後編へ続く)
ライターズ(Writers)?「書く」ことを職業にした人々~ 第1回:北尾トロ(ノンフィクション・ライター)後編


写真=川上 尚見
取材・文=東良 美季

#CULTURE

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