ライターズ(Writers)〜「書く」ことを職業にした人々~ 第4回 池田園子(WEBライター/編集者)後編

ライターズ(Writers)〜「書く」ことを職業にした人々~ 第4回 池田園子(WEBライター/編集者)前編

第4回のゲストは、WEBライティングを中心に活躍するフリーライターであり、女性向けWEBメディア『DRESS(ドレス)』の編集長の池田園子さん。中央大学法学部を卒業後、「楽天」「リアルワールド」とIT系企業を経て、25歳の時に独立。フリーランスのライターとなる。執筆のテーマは恋愛から働き方、ファッション、グルメ、ITマーケティングからプロレスに相撲と、「幅広い」という言葉では足りないほど多岐にわたる。著書に『フリーランスで食っていきたい!』(ぱる出版)、『はたらく人の 結婚しない生き方』(クロスメディア・パブリッシング)。

睡眠時間を削り、夢中になって書き続けた兼業ライター時代

2011年。前年くらいから、ソーシャルメディアが流行り始めていた。池田園子さんもツイッターとフェイスブックを始め、特にフェイスブックが面白いと感じていた。楽天時代から次のステップ考えていた彼女は、秘かに転職サービスにも登録していた。そこでフェイスブックを使った新しい事業を始める企業があると知る。現在、クラウドソーシングやクラウドメディアサービスを提供している「リアルワールド」という会社だった。彼女は「ここだ」と思って転職する。SNSを使ったコンテンツ作りが出来ると思ったのだ。ところが入社して間もなく、フェイスブック側の規制に変更があり、同社がやろうと企画していた事業内容がそのルールに引っかかり出来なくなってしまった。

しかし偶然にもそこに、フリーライターへの入口があった。

「えっ、私、それをやるために入ってきたのに、どうしよう? みたいな感じでした。でも、今さらどうしようもなく。仕方なくという感じで別の部署に配属されたんですが、そこが〈ポイントサイト〉の運営をする部署でした。そのサイトを使うことによってポイントをもらえる。そこに載っている保険の申し込みとか、保険の資料請求とかをそのサイトを通じて行うと、ポイントがもらえて、ポイントは換金出来たり買い物する時に割り引きに使えたりとか、ちょっとしたお小遣い稼ぎが出来るサイトです。そこで利用者を増やすために何か施策を考えるわけですが、上司の方が言うには『男性の利用者が多い』と。そこで、『女性向けの企画を何か提案して』と言われたんです」

女性の会員を増やすためにはどうしたらいいのだろう? 平日は会社での仕事が多忙だったため、休日、池田さんは自宅でパソコンに向かう。まずはネットの中でのトレンドが今どうなっているのか、リサーチしてみようと思った。折しも〈女性向けメディア〉が多数現れ始めた頃だった。毎日コミュニケーションズ(現「マイナビ」)が運営する「エスカーラ(escala)」、サンケイリビング新聞社の「シティリビング」、株式会社サイゾー運営の「サイゾーウーマン」など。すると以上のような大手ではなく、新興で小規模な女子メディアもあり、そこに「ライター募集」という文字を見つけた。

「それが〈Pouch(ポーチ)〉〈Googirl(グーガール)〉という媒体でした。応募してみたら〈Ggoogirl〉からはすぐに返信が来て、〈Pouch〉も2カ月後くらいに編集長が会ってくださることになって、まずはゲストライターというか形で書き始めることになりました。なので本当に偶然というか、女性の会員を増やせというミッションを与えられて、調べてたら出会っちゃったという。それがなかったら、ライターになってなかったかもしれない。今も会社員をやってたかもしれません」

と語るものの、彼女はそれ以前にも、実は昼間はOLとして働きながら文章を書いていた。「ライフレシピサイト」と銘打たれた〈nanapi(ナナピ)〉という媒体である。恋愛やWEBに関するテーマで10本ほど、中でも「彼が既婚者かどうか見破るポイント」という記事は、4万PVを突破していた。結局のところ池田さんの中には、封印しても逃れられないような、「文章を書きたい」という衝動が常にあったのではないか?

「〈nanapi(ナナピ)〉は楽天時代の先輩の先輩が立ち上げたサイトだったんです。なので『よかったら〈nanapi〉使ってみてよ』って言われていて、馴染みがあったんです。ええ、無報酬だったと思います。趣味のようなものですね。『彼が既婚者かどうか見破るポイント』ですか? それは実体験を元にしていて、ちょっとアプローチしてきてくれた男性がいたんです。IT系の人で10歳くらい年上で、私も、オトナでカッコイイなあ、なんて思っていて。何度か会っていて、でもある日は共通の知人に何気なく聞いてみたら『えっ、彼には子どもがいるよ』とか言われて、『アイツ、嘘つきめー』みたいな(笑)。嘘というか、そこが彼の上手なところで、決して独身だとは言ってないんです、ただ家庭があることはまったく匂わせてない。くっそー、とか思って、書いてしまいました」

〈Pouch(ポーチ)〉と〈Googirl(グーガール)〉に応募する際、〈nanapi(ナナピ)〉の記事がURLの形になっていたのも幸いした。「こういうものを書いています」と具体的に提示したことで採用になり、原稿を依頼されるようになったわけだ。以降、池田さんの兼業ライター生活が始まる。しかし、本業の方も決して暇ではなかった。むしろ楽天時代に比べると激務だったという。しかし、前掲の『フリーランスで食っていきたい!』には、「〈Pouch(ポーチ)〉と〈Googirl(グーガール)〉、それぞれ月に10本ずつ執筆」「土日はもちろん、平日は帰宅してから午前1時〜3時、ノッている時は4時まで書いて翌朝は8時起床。決して死ぬことはない睡眠時間」というかなりトンがった記述がある。

それを尋ねると、「夜中に書いてたんですねー、何だったんでしょう、あのパワーは」と、またもや他人事のように涼しく笑った。

「若かった、まだ24歳だったということもあるんでしょうけど、なぜか全然疲れなかったんです。今は体力的に、睡眠時間まで削ってなんて絶対に無理ですけど、当時は『書きたい』という気持ちが溢れ出すような感じで、たぶんアドレナリンが脳内麻薬的に出てたんだと思います。書くということが、楽しくて楽しく仕方なかったんです」

「本業の方でサイトをリニューアルする時とかは本当に忙しかったんですけど、それでも家に帰ると書いてましたから。自分なりに分析してみると、おそらく、それまで溜めるしかなかった情熱みたいなものをやっと吐き出せるという喜びだったと思います。楽天にいた間は記事を書くということは一切なかったから、その約2年間に溜まっていたものが爆発したというか。つまり、無意識のうちに封印してたんですね、〈書く〉ということを。それが出来るようになって、もう楽しさしかなくなってしまった」

また、書いたものがすぐに反映されるという嬉しさもあった。

「大学時代に、学生記者として学内向け広報誌『HAKUMON ちゅうおう』で取材・執筆していました。とはいえ、それは印刷物ですし、新聞も日刊とはいえそれなりのタイムラグがあって、でもネットの場合はすぐに更新されて、運がいいとランキングに入ったりとか。割とすぐ結果が見えるというインターネットの特性にも触れて、それも喜びだったと思います」

本当に良いものは、配信のタイミングと関係なく読まれるんじゃないか?

「それがちょうど2011年頃なんですけど、まだ女子向けメディアというのが定着してなかったこともあって結構何でも自由にやらせてもらった。それもラッキーでした」と池田さんは言う。

「その〈Googirl(グーガール)〉というのが、立ち上げが2010年なんです。言わば女性系媒体の走りで、名古屋の男性が1人で始めたものです。今はとても大きなサイトになっていて、スタッフも10人くらいいますけど、当時はスタートしたばかりということもあって、『面白ければ何でもいいですよ』とかなり自由度が高かったんです。企画にNGが出ることもほぼなくて、その頃私がやらせてもらったのは『イケメンWeb男子カタログ』という、タイトルは勇ましいんですけど、要はWEB業界で働いてるイケメンを発掘してインタビューするという企画で、私自身カッコイイ男子に会えるし、お話もお仕事上とても勉強になるという一挙両得な感じで、そういう意味でも、とても自由にやらせてもらいましたね」

〈web男子企画〉の前哨戦として出した「ゲットするなら断然Web男子! その理由5つとシンプルな攻略法とは!?」はツイート数が約2,000、「いいね!」が約700、はてなブックマークが約400付くなどソーシャルメディア上で話題となり、その後「イケメンweb男子カタログ」につながり、1年以上続く人気連載となる。

ただしその一方で同シリーズには初期、否定的な意見もあり、「こんな頭の悪い記事を書いているヤツは誰だ?」「バカ女だ」とネット上で心ない誹謗中傷にさらされる結果にもなる。

インターネットに文章を書くという行為は、常に匿名での無責任な誹謗中傷と向き合う危険性がある。正論やありきたりの意見は拡散されにくいからだろう。元フジテレビのアナウンサー氏が、自らのブログの炎上騒動について「炎上するくらいの記事でないと意味がないと思った」と発言したのは記憶に新しい。その点を、WEBを中心に執筆している池田さんはどう捉えているのだろう?

「炎上はやはり、よくないと思ってます。私個人もそうなんですが、特に『DRESS(ドレス)』編集部では、炎上は出来るだけ回避するように心懸けてます。というのはやはり悪口を書かれると、サイトのイメージが悪くなってしまうんですね。炎上で一時的に読む人が増えたとしても、本当の読者は離れてしまいますし、当然、広告も載りにくくなります。ただその一方で賛否両論がある記事でないと、すっごく読まれることはない、というのも事実なんです。だから今の炎上って人を傷つける形のものが多いけれど、人を傷つけない形で爆発するような、そんな記事は作れないかということを考えますね、難しいですけど」

「誰かを傷つけないためにはどうしたらいいかというと、それはチェックを重ねていくしかないのかなって思ってます。『DRESS』はそれほどスタッフは多くないですけど、『この記事、ちょっと不安』というものがあれば、複数人に読んでもらって意見を交換したり、『この表現で傷つく人はいないだろうか』『そもそもこれは表現として使うべきではない』というようなことを話し合います。あとは女性向けのメディアではあるんですけど、男性のスタッフに読んでもらうとか、出来ればアップする前に外部の方に読んでもらうとか、立場が違う人に見てもらうのも大切かなと思います」

池田さんはもうひとつ、WEBメディアにおける記事の特性に関して話してくれた。

「この記事は当たった、当たらなかったというのはどうしてもあるんですね。どんなにいい内容でも、様々なタイミングで読んでもらえないケースもあります。単純な例だと、そもそも誰もがあまりネットやスマホを見ていない時間帯というのがあって、例えば土曜日の夜とか。またテーマによって、ウケる時間帯が違ったりもするんです。『DRESS』では、恋愛系の記事は夜に上げるようにしてるんです。特にディープな内容ほど、夜の方が読まれやすかったりするみたいです。逆にファッションの記事とかは、割と昼間に、みんなが外に出て、ランチとか行ってる時間に上げるとか。幸いなことに『DRESS』は編集長という立場で関わっているので、すべてのデータが閲覧出来ますから、ジャンルによって『この時間帯がいいのかな?』というのが、少しずつ分かって来た気がしてます」

「一方、フリーライターとして自分が寄稿してる媒体とかでは、やはり配信スケジュールというものがあるので、そういうわけにはいかない。なので一生懸命書いて納品はするけど、後は神のみぞ知るみたいな。ただ、そう言いつつも、本当にいいものは関係なく読まれるんじゃないか? 私はそうも思っていて。だから自分の努力が足りなくて、もう少し頑張れたのかなあなんて思いますけど」

月収10万円の新人フリーライター時代から、女性向けメディア『DRESS』編集長へ

話を戻そう。睡眠時間を削って書きまくる兼業ライター生活を続けて約1年、池田園子さんはいよいよフリーランスのライターとしての生活に踏み出す。〈Googirl(グーガール)〉の月間記事本数は30本、つまり1日1本。〈Pouch(ポーチ)〉も2日に1本という、驚異的なペースで原稿を量産していた。2012年2月のことである。

「今は副業が認められているので、大きな会社にいても別の仕事をされてる方もいると思いますけど、当時はそうではなかった。冷静に考えると会社に勤め続けて、このまま夜中の時間ずっと書き続ける生活が続くのは、やはり現実的じゃないなあと感じるようになったんです。このまま続けてたら、どちらも中途半端になってしまうかもしれない。ならばまだ25歳だし、挑戦してもいいんじゃないか。冷静に考えれば、いきなりフリーになる以外にも方法はあったと思うんですね、編集プロダクションに入るとか。何しろ記事は書いてましたけど、素人は素人なんだから。なので、どういうキャリアを積み重ねるか、調査・検討不足、若気の至りと言えばそれしかないんですけど」

ただし、その時点で仕事は〈Googirl(グーガール)〉と〈Pouch(ポーチ)〉の2つだけ。1本の原稿料は2,000円前後と安く、独立した月の収入は10万円ほどだった。

「一応OL時代、コツコツ貯金はするタイプだったので(笑)、そこそこ蓄えはあったんですけど、さすがに不安になって。当時学芸大学に住んでたんですけど、駅前にスナックがあったんです。で、『よし、大学時代に接客業バイトをしたこともあるし、スナックでバイトだ!」って一応面接には行ったんです。でも、やっぱり逃げ場を作っちゃダメだと思って。たまたまITmedia(ソフトバンクグループ)のニュースサイト〈ねとらぼ〉に知り合いがいて、『書いてみない?』って誘って頂いたり。他にも書いた記事をSNSで発信していたら、他の会社の人からも『こういうの書けるんだったら、ウチでも書いてみない?』とか。ただ基本的には周りにいた年上の知り合いや先輩方が心配してくださったんですよね。『アイツ、フリーになったとか言ってるけど食っていけんのか?』という感じで。それで色々紹介して頂いたりして、それで救われたと思ってます」

「それともうひとつ幸運だったのは、兼業ライター時代もそうでしたけど、フリーになった2012年前後って、WEBに書くライターさんの絶対数がまだまだ少なかったんです。きちんとした統計じゃなくあくまで私の印象でしかないですけど、少なくとも今よりは少数だったと思います。だから需要があったんですね。また、私がIT系の会社にいたことで頂けた仕事もありました。さっき言った〈ねとらぼ〉に書いていたら、同じITmediaの〈ITmedia マーケティング〉という媒体からも声をかけてもらったんです。これはマーケティング系のイベントに行ってその模様を取材するとか、IT系の商品を出している企業の方にインタビューするという仕事で、決して専門的な深い知識が必要ということではないんですが、それでもまったく違う分野のライターさんには回って来ないお仕事という気がします。そういう意味では、楽天とリアルワールドにいたというキャリアは無駄じゃなかったなあって改めて思いました。恋愛記事とかは、私よりも面白いことが書ける人はきっといるだろうし、自分を切り売りしなければならないところもありますけど、その点IT系のライティングは自分の前職にも関係しているから、決して分からない世界ではないし、ライターとしての幅が広がったのは嬉しかったですね」

そして女性向けWEBメディア『DRESS(ドレス)』の編集長へ。

「『DRESS』は元々、女性誌としてあったんです。ええ、そうです、紙媒体のファッション誌です。光文社出身の方が立ち上げて、幻冬舎の出資で出来た株式会社giftという会社が版元でした。私の前任の編集長さんは紙の『DRESS』をやりつつ、それを補完する意味でWEBサイトの『DRESS』をやってらして、2013年くらいに一度お会いしたんです。それは共通の知人がいた食事会だったんですけど、1年後くらいに『「DRESS」のWEBで記事を書いてくれませんか?』という依頼を頂いて。それはインタビュー取材だったんですけど、その後も2、3カ月に1回くらい、ちょこちょこと仕事はさせてもらってたんです。それが2015年の11月くらいに、『私、会社を辞めることになって。池田さん、引き継いでくれませんか』と、突然びっくりするようなお話をもらったんです」

「もちろん大それたお話で、私に編集長の器なんてとてもないと思いました。文章は書いてきたし企画もそれなりに立てて、編集も少しはするようになっていましたけど、誰かに習ったこともありませんから。でも、やれるものなら是非やりたいと思いました。なので運良く引き継ぐことが出来たというか、もう、運とご縁しかないという感じです。その前任の方がたまたま私を思い出してくれたので、『WEBに詳しい人って池田さんしか思い浮かばなかった』って」

確かに、紙媒体の編集長を務めるには長いキャリアが必要だろう。しかしそういうベテランの編集者が、じゃあWEBサイトの編集が出来るかと言えばそうとも限らない気がする。そうなると池田さんのようなネットを中心に活躍する若いライターこそ、実はWEBメディアの編集に適しているのかもしれない。

毎日流れていくものを作ってる──、そこには少しの寂しさもあります

このように池田園子さんは『DRESS』の編集長として数々の企画に携わり、自らも数多くの記事をアップしつつ、フリーランスのライターとしても各媒体で原稿を書き続けている。そんな池田さんがココ数年ハマッているのがプロレスだ。

「2016年の5月からですから、実はまだまだプロレス歴は浅いんです。たまたま荻上チキさんの番組、TBSラジオ"の『荻上チキSession-22』という番組を聴いていたら、フリーアナウンサーでプロレスキャスターの三田佐代子さんという方が出てらして、『プロレスという生き方─平成のリングの主役たち』(中央公論新社)という本を出したというお話をされてたんですね。それが妙に気になって、『私、プロレスって生で観たことないかも?』と思って、本を買ったんです。その後、三田さんが書籍の中で推している団体の試合が後楽園ホールであると知ったので、チケットを買って観に行ったんです。そうしたらちょっとびっくりしてしまって。『DDTプロレスリング』というところなんですけど、格闘技だけじゃなくて唄があり踊りありで、パフォーマンス集団という感じで。何となく、プロレスって恰幅のいい人たちが闘うイメージを思ってたんですが、DDTのレスラーたちは身体も引き締まっていてすごく綺麗だったんです。そこからはもうハマッてしまって、他の団体も観るようになりましたし、地方の試合にも参戦するようになって、もう完全に楽しんでます。ただ仕事にもしようと、『DRESS』でも〈プロレス部〉というものを立ち上げて、私は部長補佐という肩書きにして、プロレスラーの方のインタビューとかもやらせてもらってるんです。ちょっと公私混同っぽいですが、〈プロレス部〉があるんだから、いいよね、なんて言って(笑)」

「他にも〈Rettyグルメニュース〉というグルメ系のサイトがあって、最初はごく普通の食レポをやらせてもらってたんですけど、何かプロレスに絡められないかなって思ってたら、鈴木秀樹さんていうレスラーの方がエクレア好きというのが分かって、鈴木さんがエクレアを食べ歩いて私が構成するという連載<プロレスラー鈴木秀樹の「僕の体はエクレアでできてます」>というのを始めて。その後に、三富政行さんというレスラーが『僕はクレープが好きなんです』って話してくださって(笑)。それでクレープを食べ歩く連載<食べ続けて10年!クレープロレスラーの僕がクレープの種類とおすすめ店を本気で教えます>も始めたんです」

このように池田さんの活躍は各方面へとどんどん広がっているわけだが、最後にWEBライティング、インターネットに文章を書くことについて、今後の展望も含めて語ってもらった。

「そうですね、やはり、流れていくものを作ってるという気持ちがあるんですね。WEBの記事って、その日は確かに話題になったとしても、もう、翌日にはそこにアクセスしてくれる人はだいぶ減っていたりする。もちろん長く読まれる記事や、検索して掘り起こしてもらえる記事もあるんですけど、やはり少ない。ネットの特性として、どんどん次から次へと移り変わってしまう。そこに一抹の寂しさみたいなものはあります。つまりその日だけに読まれるものですよね。もっと、翌日にも翌々日にも、何カ月も何年も繰り返し読んでもらえるものが書けないかなって思います。でも、考えてみたら私だってインターネットだけを見て来たわけではないし、子どもの頃はあんなに本が好きだったんだなあと思うと、もっと書籍も書きたいんですね。企画も出してるんです。内館牧子さんに『プロレスラー美男子烈伝』(文藝春秋)という作品があるんですけど、それが例えば『大森隆男は美しい』っていう文章で始まるんです。大森さんに限らず、すべて選手の名前があって『──は美しい』って書き出しなんです。面白いでしょう? 私も何かそういう切り口を見つけて、どこかのサイトで連載させてもらって、平成版の『プロレスラー美男子烈伝』を書けたら、ずっと長く読んでもらえるものになるかなあ、なんて考えてます」

池田さんは「今は私、実は書いてる時あまり楽しいとは思えないんです」とも言っていた。

「昔は、特に兼業ライターだった頃はあんなに書くことが楽しくて楽しくて仕方なかったのに。今は、取材をしている時は楽しいし、企画を考える時も楽しいけれど、書いてる時には苦しみの方が大きいこともあるというか。完璧に自分の思い通り書けない悔しさもあるし、周りにもっと上手な人はたくさんいるから、ああ、私はまだまだ語彙が足りないなあ、インタビュー時の空気感をうまく出せないなあなんて、ちょっと悔しいこともあるんですよね」と。

取材を終えて音源を書き起こし。原稿を書いていたある夜、ゴミを出しに階下に降りた。するとゴミ置き場には大量の雑誌が紐でくくられて積み上げられてあった。我が家は4世帯しか入らない小さなポロアパートで、住人は僕を含め全員が男の独り者だ。その中にひときわ不精者がいて、ある日一大決心をして断捨離を決行したのだろう。常夜灯に映し出されたその束はすべて、そこそこ高級な紙を使った平綴じのオートバイ雑誌だった。きっとカラー印刷も贅沢に使用した、値段もそれなりするものに違いない。

そうか、僕自身がほとんど買わなくなってしまったから忘れていたが、かつては雑誌もまた、このように読み捨てられ、流れていくものだった。そう考えると、世界はそれほど変わっていないのかもしれない。

そして昔のことを思い出した。僕が雑誌というものに深く関わっていた、20代終わりの頃のことだ。尊敬していたライターの先輩がこんなことを言った。

「君は今、書くことが苦しい、辛いと思っているだろう。でもな、そういう時ほど、君の実力は伸びているんだぜ──」と。


写真=川上 尚見
取材・文=東良 美季

#CULTURE

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