偶然か必然か…139人の「田中宏和さん」が出会うことの意義

同姓同名の人と出会ったことがあるだろうか? 生まれ育った環境も趣味趣向も、もちろん顔も違うけれど、名前が同じだけで何やら親近感が湧いてくる。例えその経験がないとしても、想像してみるとまったくの他人のことには思えないのではないだろうか。そこに面白味を見出したのが、自身と同姓同名の人を集める「田中宏和運動」の発起人である田中宏和氏。一見ただのユニークな活動に見えるが、名前だけを共通項に、様々な職業、年齢の他人同士が集うこのコミュニティは、実は多様性に富んでいるのではないかと思い、田中氏に話を伺うことにした。

なぜ同姓同名の人を集めようと思ったのか

1994年のプロ野球ドラフト会議で、近鉄バッファローズの1位指名が同姓同名だと知り衝撃を受けた田中宏和氏。翌年の年賀状でそのことをネタにしたことがきっかけで始まった「田中宏和運動」は、2003年に実際に同姓同名の田中宏和さんと会うに至ったことから徐々にその輪が広がり、現在では139人の同姓同名が集まっている。
「まさか自分でもここまで続いて、こんなに大きくなるとは思ってませんでした。最初は勘違いから始まっているので。近鉄で1位指名の田中宏和さんを知った時に、まるで自分が指名されたような気持になって、同姓同名ってだけでこんなに盛り上がれるのはすごいと思ったんです。それで年賀状のネタにしたら周りにウケて、続けてやった方が面白くなると思って、なんとなく続けていました」

1995年元旦、田中氏が制作した年賀状。ここから始まった「田中宏和運動」は現在、164人以上の同姓同名の集いの世界記録を目指している。また、漢字違いの田中浩和さんや田中博一さんにも輪を広げる「タナカヒロカズ運動」への拡大の準備も進めている

「2002年の年末に以前からお付き合いのあった糸井重里さんから連絡があって、『ほぼ日刊イトイ新聞』で1日だけ編集長をすることになったんです。その中のひとつのネタとして、同姓同名の年賀状シリーズを公開してみたところ、『私も田中宏和です』というメールが何通か届いた。で、渋谷区に住んでいて会社経営もしている人がいたんで、この人なら会いやすそうだなと思って会ったみた。そしたら、共感の度合いがすごいわけですよ! 出身地や学校が同じだと「おー! あなたもですか!」の延長みたいな感じで、いきなり他人というハードルがゼロになるみたいな感覚。名刺交換からしておかしい」
実際に会ってみた時の妙な感覚を面白がるようになった田中氏は、その後1年に1人同姓同名に会うことを続けていく。その中にはWEB制作会社の経営者や作曲家もいたため、WEBサイト「田中宏和.com」を立ち上げ、オリジナルソング「田中宏和のうた」のCD化、書籍『田中宏和さん』の出版まで行い、各メディアでも取り上げられて知名度を上げていく。

必然に感じる偶然性

「でも、自分でこうしたいというのはなくて、全部たまたまなんです。この活動のことを考える時、『偶然性』がキーワードになっていると思っています。同じ名前に生まれなかったら会うことがなかった人たちと会うわけですよ。そもそもこの名前で生まれたのも偶然ですし。この偶然なのか、必然なのか……というのが面白い。僕の中で『田中宏和運動』は哲学の実践みたいなものでもあるんです。哲学がもともと好きなんですけど、人間のアイデンティティってなんだろう、偶然ってなんだろうと考えさせられる」
確かに、アイデンティティは当人だけが専有するもののように思えるが、名前もひとつのそれだと考えると、他人とたまたまアイデンティティを共有していることになる。
「そうなんですよ。この運動をやったことで、名前が一緒なだけでこんなにも人は仲良くなれるんだということを実感していますね。去年の『田中宏和運動全国大会2017』で、岐阜県に住む75歳の田中宏和さんが来てくれたんですけど、そのために生まれて初めて新幹線に乗って来られたんですよ。奥さんと一緒に。それであだ名を『新幹線さん』にしたんですけど、その後、家で作った野菜とかお餅を送ってくれたりするんです。もう親戚ですよね。疑似家族です。それと最近、税理士の田中宏和さんから『公益性を謳った方がいい』と言われて公益社団法人のページを作ったんですが、『人は誰でも、ちょっとしたことで仲良くなれる』というのをを作ったんですが、『人は誰でも、ちょっとしたことで仲良くなれる』というのをビジョンにしているんです。偶然名前が同じだけでこれだけ多様性があるというのは本当に面白いことですよ」

田中氏は、「田中宏和運動」の他にも「東北ユースオーケストラ」という一般社団法人を運営している。一般社団法人田中宏和の会の設立ノウハウを生かし法人化した、東日本大震災を岩手県・宮城県・福島県で経験した小学生から大学生までで構成されるオーケストラだ。彼らもちょっとしたきっかけで偶然出会い、その関係を見ていると出会うことが必然だったかのようにも感じるそう。
「いろんな物事をシステマチックにコントロールしようとする人や動きが多い中で、むしろ偶然性を取り込んでいくことに面白さがあって、生きているって結局はそういうことなんじゃないかという気がしています」

東北ユースオーケストラのメンバーは総勢114名(2018年5月現在)。監督は坂本龍一氏が務める

偶然を楽しむ「田中宏和運動」と均一化を目指す「マーケティング」

確かに、グローバル化やデジタル技術の革新が進み、現代社会はあらゆるものが均一化している。そこで人間の繋がりや動物的感覚、偶然性など失ったものの大きさに多くの人が気付き始め、その揺り戻しとして居酒屋ガツンCift崇仁新町が現れてきたのではないだろうか。そして彼らが抗っているものに企業の経済活動がある。特に広告やマーケティングは私たちの行動をコントロールするものであり、田中氏の大事にするものの対極のものだろう。しかしながら、田中氏は大手広告代理店の電通に勤めている。そこはどのように折り合いをつけているのだろうか。

「田中宏和運動は私的活動として、会社の業務と一線を画していました。もともと広告の操作主義的なところがどうも肌に合わないので、田中宏和運動にマーケティングはありません。これまで受けてきた取材も自分から一切プロモートはせず、すべて受け身で応じてきました。自分の中の哲学的疑問を面白がって行き当たりばったりで行動しているうちに、結果的には予想以上の広がりになってしまいました。マーケティングというのは所詮、企業の経済行為です。企業は課題解決を掲げるけど、そもそも課題って解決しないといけないものなのか。答えがないことの方が多いわけですし。Diversity & Inclusion、多様性を認めていく社会の流れがある中で、そういう社会に対して企業は何ができるかを考えないといけない。むしろ問題を発見して共有すればいいのだと思っています。」
そこで、田中氏は「インクルーシブ・マーケティング」を提唱している。
「アメリカの航空会社JetBlueがFlyBabiesというキャンペーンを実施していました。赤ちゃんが泣く度に同乗している全員に次回の搭乗チケットの割引クーポンが発行される、乗客全員がハッピーになるもので、そのニュースを見た時に思い付いたんです。あくまで企業活動の一環なんですが、それを『インクルーシブ・マーケティング』と呼ぶことで真似する企業が増えればいいなと思って。企業発というより、インクルージョンな社会に合わせて企業のあり方も変わっていくんだと思います」

「ライフ・ワーク・バランス」から「ライフ・ワーク・ブレンド」へ

「この前、2020東京オリンピックの組織委員会の中でDiversity & Inclusionのいい施策がないかという話が挙がったんですけど、そこで私が思い付いたのは『混ぜる』ということ。エキシビジョンとしてオリンピックとパラリンピックを混ぜてみるという提案をしたんです。『ダイバーシティミックス駅伝』と呼んでるんですけど、1チーム10人でリレーをする。そこに金メダリストがいてもいいし、ジュニアの選手もシニア選手も、視覚障害、聴覚障害、車いす、LGBTカミングアウトの人もいる、みたいな。混合ダブルスがあるんだから混成リレーもあっていいんじゃないかと。これが結構ウケたんですけど、いろんなところで言ってるうちに実現しないかなと思ってます」
社会現象としてはもう少し時間がかかりそうな印象も受けるものの、個人レベルでは居酒屋ガツンなど各所で新しい動きが起こっている。そして、働き方の面では副業解禁などすでに大きな流れは起きている。

田中宏和氏。1969年生まれ。「田中宏和運動」をライフワークとして続けている
「企業のあり方自体も変わってくると思います。一つの企業でだけ働く時代があったんだ……なんて孫に言われてもおかしくないですよね。個人としても、どの企業もこの先どうなるか分からないんだから、マルチワークの方がリスク分散ができていいですよね」
「『ライフ・ワーク・バランス』というのも変わってくると思います。もはや人がスマホを持って24時間ネットに接続している時代に、ライフとワークを分けられるわけがないんです。だから私は『ライフ・ワーク・ブレンド』と言っていて。もちろん、会社の倫理規定的な問題など分けて考えないといけない部分はあるけど、会社の中と外で顔やキャラが別なのって心理的負荷が大きいでしょうし、一体にした方が健康的で面白いはずです。コーヒーだってウイスキーだって、シングルビーンやシングルモルトもいいけど、ブレンドの方が介在した人の個性が出てより面白い。それと同じことのような気がします」

働くことや生活の中での選択肢や価値観が増えていく社会の中で、どのようにして生き方を選択していけばよいのだろう。
「潮目を読むと言うか、動物として失っちゃいけない野生の感覚を大切にすることですかね。偶然に乗るというか。『田中さんは偶然を掴む能力がありますよね』と言われたことがあるんですけど、これは何も私が優れているわけじゃなくて、生き物として誰しもに備わっていると思います。そのためにちょっとした変化に気付くとか、他力本願にも近いかもしれないですけど、とにかく周りに感謝するのがいいのだと感じています」

なるほど、すべては「田中宏和運動」に通じているらしく、偶然性をいかに楽しむかがこれからのインクルーシブな社会を面白く生きるキーワードになりそうだ。


写真=本人提供
取材・文=組橋 信太朗

FAMMUNITY

関連記事はありません。There are no related articles.

#OTHERS

関連記事はありません。There are no related articles.

MOST POPULAR

LOGIN