京都のアンタッチャブルスポット・崇仁(すうじん)地区に灯る新たな光

JR京都駅から徒歩約5分に位置する、崇仁(すうじん)地区。そこに2018年2月突如現れた屋台村が、今、大きな話題を集めている。その名も、「崇仁新町」。様々なジャンルの屋台が所狭しと並び、土地の食と美酒を楽しめるこの“新しい街”には、人種も性別も年齢も多様な人々が集まってきている。なぜ、人々はこの街に引き寄せられるのか――崇仁新町の仕掛け人・小久保寧(こくぼ やすし)氏と共に崇仁新町の深部へと潜入した。

“よそ者”が成し遂げた、閉じられた街の開放

「笑顔あつまるコミュニティスペース」。あえて、少しくすぐったいくらいに分かりやすくて直球なメッセージが掲げられる
午後3時。崇仁新町にはビールを片手に屋外スペースで会話に花を咲かせるママたちがいた。子どもたちは、屋台を探索し楽しそうに走り回る。
「最近ここが話題になっていると聞いて。今まで来たことのない場所だったけど、すごく落ち着きます」
今までに来たことのない、という言葉には深い意味がある。崇仁地区は、長らくアンタッチャブルなエリアだった。いわゆる同和地区であり、在日コリアンの人々も多く住む環境で独自のコミュニティが形成され、京都駅至近にもかかわらず、外部から人が訪れることは少なかった。
だが、そんなクローズドな崇仁地区へ、京都市立芸術大学が移転してくることに決まったのが2015年。これをきっかけに再開発の熱が高まり、著名な人々からなるまちづくりの組織委員会も立ち上がった。そうした大きな流れの中で、大学移転までの期間限定で、崇仁新町が誕生したのだ。
「複雑な歴史や背景があることは知っていました。でも、それを闇に葬るのではなく、良い方向にブランディングし、地域と地域を繋ぐ場にしたかった」

そう語るのは、崇仁新町の実質的なプロデューサーである小久保寧氏。崇仁新町を運営するまちづくり団体「渉成楽市洛座(しょうせいらくいちらくざ)」の運営事務局長だ。実は小久保氏、それまでは東京を拠点にクリエイティブやまちづくりの仕事に携わっており、崇仁地区には縁もゆかりもなかった完全な“よそ者”。そこでこの地縁の濃い地域に入り込むために彼が取った手法は、オールドスタイルな飲みニケーションだった。

崇仁新町をプロデュースした小久保寧氏
「とにかく毎日のように飲んで歩いて、この街のキーパーソンと繋がっていきました。少しずつ信頼関係を築きながら、どうしたら場所のコンテンツ力とローカルの人々の満足感を両立できるかを考えていって。出た答えが、幅広い層に受け入れられる地域の“食”と、芸大移転を見据えた“芸術”の融合でした」
街の記憶を残したいからこそ、あえて屋台村には「崇仁」の名を掲げた。ロゴには、ネオスウジンとあり、「崇仁の歴史に新しい視点を取り入れて街を再創造する」という意味が込められている。

ソウルフードとグラフィックが鮮烈に交差する

午後4時。女子高生の賑やかな声が響く。彼女たちは“居場所”を確保すると、屋台へと急ぐ。向かった先は、見たことのない鉄製のプレートに乗っかった手のひらサイズの“粉もん”メニューの店だった。
「これは、代々このエリアで愛されてきた“ちょぼ焼き”。うどん粉の生地にたくあんやちくわ、スジ肉を入れて焼き上げたものです。ちょぼ焼きのお店はこの土地ではもうなくなってしまったんですけど、ソウルフードとして絶対に残したいと、ちょぼ焼きを知る方に交渉して出店してもらいました」
食すと、あっさりとした生地と具の風味が絶妙なバランスで、おやつにもピッタリ。実際、崇仁新町の目玉メニューとして、多い時では一日600枚を超える売上を誇るという。
こうした地元の店だけでなく、他店舗も、小久保氏やスタッフたちが足を運んで直接思いを伝えることで、出店に導き、ホットドッグやハンバーガー、中華に焼き鳥など、地域の味を集約することに成功した。その多くはここだけでしか味わえない新メニューを提供し、本店よりも高い集客に繋がっているという。

さて、崇仁新町のテーマは「食と芸術の融合」だ。芸術面ではどうか、というと、キーになっているのが京都市立芸大の学生たちだ。崇仁新町では、学生たちが運営にボランティアで参加。設備のレイアウトやポップの制作、アートイベントの企画などに積極的に関わっている。
「2023年にこの街に大学が来た時に、ゼロから地域との関係を結ぶのは時間がかかる。その前からこうして関わっていくことで、拓かれた未来がつくられれば」
アートイベントとしては定期的にライブペインティングを開催。イベントステージの大パネルには、その時々で地元のアーティストが描いたグラフィックが掲示されている。

こちらのグラフィックを手がけたのは、海外でも活躍するアーティスト
ただの屋台村ではない、ヒップな香りは、こうしたアートの要素を入れることで醸成されたもの。その独自の空気感が、月数万人という驚異的な動員に繋がっている。

温かな光が祝福する、ネオスウジンの宴

火の周りには自然と人の輪が生まれる
夜7時。崇仁新町は、昼とはまた違った表情を見せる。次々と会社帰りのビジネスパーソンや地域の人、さらに海外を含む観光客などでごった返し、カオスな様相を呈してくる。特筆すべきは、彼らが自然と交流し、いつの間にかもともとのグループとは違う集団で飲み、語らっていることだ。そこにも、小久保氏流の“仕掛け”がある。

「同席した人が肩を寄せ合って語らう横丁というのが最初からイメージであって。やっぱり、コミュニケーションを深める上で、距離感ってすごく大事なんですよね。だから席同士もすごく近く設計している」
もう一つ、重大な役割を担っているのが焚き火だ。崇仁新町のイベントステージの手前で、煌々と火が燃え続けている。実際のところ、こうしたパブリックな場所で火を使うことには、厳しい制限がある。しかし、小久保氏は消防署に事前に一年分の申請を提出(!)するなど、多大な手間ひまをかけてまで「焚き火」という“コミュニティ形成装置”を確保した。なぜか。
「不思議ですけど、火には人が集まる力がある。焚き火を置いておくだけで、その周りに人垣が生まれ、会話がはずむ。黙っていても、ひとつの場を共有している感覚が得られるんです」

こうしてあらゆる多様性を包み、新たなコミュニティを生む場となっている崇仁新町。ちなみに、ここで出会って恋人になったケースも多いのだという。外部の人間同士が、「崇仁で出会って付き合いました」なんて、昔からは考えられないことだ。そして、それって、とても素敵なことではないだろうか。
「こうして外からたくさんの人が入ってくることに、地域の方でも賛否両論あると思う。でも、日々賑わう光景を見るうちに、少しずつ理解いただけてきていると感じています。土地の記憶を継承し魅力を発信しながら、あらゆる人々を包み込む新しい“崇仁”が生まれたらうれしいですね」

夜9時。宴は最高潮だ。我々も取材をやめることにした。ビールを片手に、かろうじて空いていた席に座る。早速、隣にいたおじさんが声をかけてくる。
「どこから来たの?」
「東京です」
「そうか、じゃあまずは乾杯!」
出身なんて関係ない。だってここは、ネオスウジンだから。


写真=小野 さゆり、小久保 寧氏提供
取材・文=鈴木 聡(東京ピストル)
企画=東京ピストル

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