飲食業界の常識を覆す。
『居酒屋ガツン』が提示する“コミュニティ作り”ニューウェーブ

今、東京のコアな酒徒や飲食業界人、カルチャー感度の高い人たちの間で話題になっている『居酒屋ガツン!』をご存じだろうか。その佇まいはどこにでもある安い大衆酒場。加えてイースト東京の足立区五反野という辺境地にありながら『ドリンク持ち込み放題』『おすそ分け』という飲食店の常識を覆すシステムを打ち出し、日々各地から訪れるリピーターを増やし続け、これまでの飲食店にない新しいコミュニティが形成されているという。その現場を訪れてみた。

前代未聞の『持ち込み放題』『おすそ分け』システムで発信

まずは、営業前の店内で店主の寺本昌司さんに話を伺った。
もともと寺本氏は現在の店の近くで焼き鳥屋を営んでいた。小さいながらも正統派の料理を提供し繁盛していたが、4年間営業して「ある限界」を感じ、方向転換を図ったという。
「すごくシンプルな考えなのですが、星の数ほど飲食店がある東京の中で、お店の価値を『料理』や『お酒』に置くと、きちんと修行を積んだシェフやバーテンダーに勝てないと感じていました。人材育成もうまくいかず、運営に限界を感じていたんです」
折しもその時、世間では牛丼屋や立ち食い蕎麦、ファストフードなどチェーン店での“ちょい飲み”ブームが巻き起こり、『安さ』も武器にできなくなった。

そこで寺本氏は、思い切ってコミュニティ作りに舵を切ったという。
「焼き鳥屋時代に感じていたのですが、お客さんは、飲食もさることながらコミュニケーションを求めて来ていました。時代もSNSのコミュニケーションが全盛で、オンラインで仲良くなって『今度吞みにいきましょう』とオフラインで繋がる流れが定着していた。それなら飲食店というリアルな場所で新しいコミュニティを作れば絶対的な武器になると思ったんです」

熊本出身の寺本氏は高校中退後、独立起業を見据えてビジネス書を読み漁り、23歳の時に飲食業界に入った。上京後、2012年に27歳で独立した
お店を移転し、まずそれまでの武器だった焼き鳥をやめた。
そして、1カ月後にコミュニティ作りのフックとなる『ドリンク持ち込み放題』を始めた。

このシステムを利用するお客さんは、持ち込み料300円を支払うだけでソフトドリンクからお酒まで何でも好きなだけ持ち込みができる。さらに、グラスや水、氷はもちろん、炭酸水も店が無料で提供するという前代未聞のシステムだ。
「いきなり始めたんですが、業者さんからお客さんまで『血迷ったの?』って全員に反対されました(笑)。でも、お酒の安さは量販店やAmazonさんに勝てないし、何より人が自然と集まってくる面白い仕掛けを試してみたかったんです」

もちろんこれはビジネスとして成立するベースがあっての話だ。寺本氏は潤沢な貯蓄があるわけでも、スポンサーがいるわけでもない。一般的にドリンクの売り上げが大半を占める居酒屋のビジネスモデルを考えると、一見このシステムは破綻しているが、売り上げではなく全体の利益率だけで考えると十分成立し、客がセルフでお酒を作るので従業員を雇う固定費も必要ない。なんと、ビジネスとして焼き鳥店よりもずっとうまく成立する構図となっているのだ。

さらに、このシステムを取り入れることでコミュニティ作りにも大きなメリットがあるという。当たり前だが一般的な居酒屋は利益を上げる為に、多くのお客さんを呼ばなければいけない。
「そうすると誰彼かまわずお客さんとして迎えないといけないですよね。でもウチは目的が“売り上げ”ではないので、そこに固執する必要がなく、自分の理想のコミュニティが作りやすくなるんです」

生ビール中ジョッキ、ハイボール各180円等、通常のドリンクメニューもある。『ドリンク持ち込み放題』は、途中で買いに店を出たり、量販店に電話注文してもいいという自由度に驚きを禁じ得ない
そして、その1カ月後に『ガツン!』の知名度を飛躍的に広めることになる「おすそ分け」システムが始まった。
こちらは、客が持ち込んだ酒をお店に置いて帰ることができて、他の客は「おすそ分け」料300円を支払うと、それを自由に飲むことができる。しかも持ち込み料を支払った人も利用できるので、客は300円だけ支払えばどちらのシステムも楽しめる仕組みになっている。

カウンターにズラリと並んだ「おすそ分け」の酒。焼酎に日本酒、ウイスキーにリキュールなど多種多彩。中には稀少な銘柄も
もともとこのシステムは、「持って帰るのが面倒」というお客さんの声から着想を得て始まった。「おすそ分け」という押しつけがましくない言葉のニュアンスがまず受けた。そして、「他のお客さんを驚かせたい」というエンタメ心がそれぞれのお客さんの中で自然に生まれて、毎日どころか毎時のように多種多彩な酒のラインナップが更新される。それをお店のTwitterアカウントでリアルタイム実況することで、参加したくなるライブ感を作り出している。
「どっちのシステムも、思い付きからの見切り発車です(笑)。ただ、儲け最優先ではなく、自分がやりたくないことを排除して、面白いコミュニティ作りを軸にしたらこうなりました」

料理は「ステーキソースで食べるハンバーグ」や「たっぷりチーズのタコス風サラダ」など、気軽な肴からがっつり肉、〆のうどんまでひとひねりの効いたメニューがワンコイン以下で揃う

価値観の共有で常連も一見客もフラットに楽しめる空気感に

そんなお店に集まるのは、美味しいお酒が飲みたい客や、新しいムーブメントに敏感な人、下町酒場フリークなど様々。20代の若者から還暦超えの年配客まで世代や性別、住んでいる地域も職業もバラバラだが、コミュニティを形成するコアメンバーに共通するのは好奇心旺盛で、前のめりに「この空間と時間を楽しみたい」という価値観を持っている人だという。

寺本氏がこのコミュニティを維持する上で大切にしているのは、とてもシンプルなことだ。
「中学校の時とかにいつも嫌なことをする人っていたじゃないですか(笑)。いじめっ子みたいな。単純にそんな人を入れないってだけです。間口は広く、誰でもウェルカムで自由度は高いですが、『楽しもう』という気持ちを一切感じない方はお帰りいただくこともあります」
そのスタンスは、忌憚のない表現で記した「居酒屋ガツン!の楽しみ方」とルールを張り紙で配することで、新規客のお店への向き不向きが自動的に分かるだけでなく、お店を楽しむ人に安心感を与えている。

お客さんの声が強いこの時代では炎上の危険もあるこの張り紙はSNSで話題となったが、同業者だけでなく大半の意見は「よく言ってくれた」という賛辞だった
そういった線引きは、ともすればディープな酒場にありがちな「常連だけが心地良い空間」になりがちだが、そうならずに一見客でも楽しめるのが『ガツン!』の魅力だろう。
「初めて来た人の『このお酒って美味しいんですか?』からお酒好き同士の会話が始まったり、年配の方が若い女性にスマホでSNSの使い方をレクチャーしてもらったり、お互いを尊重しながら『今を楽しむ』コミュニケーションに垣根はないですね。僕はその場をスナックのママ感覚で回すのが楽しい(笑)」

お店がオープンした後、その空気感を体感した。

一体感がありながら刺激に溢れたグルーヴを作り出す

オープンの午後5時過ぎ、スーパーの袋を片手に颯爽と現れたのは通称“かのりん”さん。半年前に友人に連れられてきて以来、千葉から埼玉への仕事帰りに途中下車し、週3で通っているコアメンバーだ。
「見たこともないお酒が安く飲めるので、自然とお酒に詳しくなりました。最近は持ち込みで驚かせるネタ合戦になっている時もあるので(笑)、毎回刺激があってエキサイティングですよ」
そう言いながら、慣れた手つきでホットプレートをセッティングし、おもむろにメザシを焼き始める。

「もはや自宅と化しています(笑)」と“かのりん”さん。ホットプレート等の調理器具や備品もほとんどがお客さんの「持ち込み」だとか
その香ばしい匂いに誘われるように通称“クエンさん”が入ってきた。1年前にTwitterでお店を知り、今では週3、4で通っているという。
「この人、すごいレモンサワーを作るんです!」と寺本氏に紹介され、“クエンさん”が仕立てたのは、なんとレア焼酎の代名詞『森伊蔵』のレモンサワー!
「普通の居酒屋は出されたものを飲食するだけですけど、ここでは色々試せるし、それで盛り上がったりする。仕事でも家族でも学生時代の友人でもない関係性はしがらみがなく、一定の秩序が保たれているから、率直な意見が言えて居心地が良いです」

お店から二駅の場所に住んでいるという“クエンさん”。「他のお客さんが『前にこれ好きだって言ってたよね』って好きな酒を持ってきてくれたり、新しい繋がりが生まれているこの店は、もはや自分の中で日常生活です(笑)」
「今日の晩ご飯です」と、メザシと明太子をおかずに“クエンさん”が白米を食べ始める。聞けば、ドリンク持ち込み放題だけでなく、フード持ち込み放題も最近始まったという。これはサブスクリプション(定額制)で、メンバーはフード持ち込み放題だけでなく、お店のメニューも食べ放題という驚きのサービス(※5月20日以降に募集再開予定。詳細はガツンtwitterを確認)だ。
さらに、壁には近隣の飲食店のメニューが貼られ、出前も取ることができるというから、もはや飲食店の域を逸脱している。

あっと驚く高級食材が持ち込まれることも。いきなり鉄板焼きが始まるこのライブ感が「ガツン!」の醍醐味だ
「この場をコンテンツが集まるWEBメディア的に考えていて、いかにお客さんの滞在時間を増やしてリピートしてもらえるかを大事にした、楽しい仕掛けを常に考えて取り入れています」
そう話す寺本さんの思いに呼応するように、コアメンバーは「与えられる」だけではなく積極的に楽しいグルーヴを作っている。

この日も、現役バーテンダーが「おすそ分け」のお酒で新しいカクテル作りに挑戦している最中に、まだ2回目の来店だというベトナム料理店で働く女性が名物のサンドイッチを持ち込んで皆に配り、夜も更けた頃にインディーズ団体に所属する覆面レスラー氏が登場。みんなでお店で開催されたマットプロレスの動画を観ながら初来店の客も交えて盛り上がっていた。

覆面レスラーの阿斗さんはインディーズ団体の『Hプロダクション』所属。「地下のマットプロレスを観た方から興業のお誘いがあったり、ここには新しい可能性が秘められています!」
良質な混沌が作り出す“部室感”は通常の営業時だけではない。お店には地下スペースがあり、もともと寺本さんの趣味であるカードゲームのイベントを主催していたが、現在ではマットプロレスをはじめ、フリーマーケットや「日本酒を楽しむ会」など客発案の多彩なイベントも不定期で開催している。

お店で開催されたマットプロレスは場外乱闘になるまで白熱した。地下の空間は使用料無料で貸し出している。イベントのスケジュールはSNSで告知
「いつか、飲食代ではなくFacebookやTwitterのように広告費やスポンサー料で収益を上げて飲食代をゼロにするスタイルを確立したり、新しい展開を考えています。お客さんには言っていますが、この『ガツン!』のシステムはオープンソースなので、どんどん真似して、色々なところで進化させていってほしいですね」と寺本氏。

自由だが一定の価値観を元に秩序が守られていて、参加する人それぞれが有機的に楽しむコミュニティ。そこには、ジャンルが細分化され、もはや飽和状態にある飲食店の新しい可能性があるのかも知れない。


【店舗情報】
居酒屋 ガツン
東京都足立区足立4-16-15 102
営業 17:00〜23:30(L.O.)
店舗HP
Twitter


写真=是枝 右恭
取材・文=藤谷 良介
企画=東京ピストル

FAMMUNITY

関連記事はありません。There are no related articles.

#CULTURE

関連記事はありません。There are no related articles.

MOST POPULAR

LOGIN