言葉も常識も180度ひっくり返る。逆さ文字「アンビグラム」が変える世界の眺め方(前編)

文字を読む。その行為の意味を、普段意識することはまずないだろう。縦書きは上から下へ、横書きは左から右へ。無意識に視線を動かして認識している。仮に、手渡された書類の向きの上下が逆であれば、ひっくり返して読むのが当たり前のはずだ。その当たり前が覆される作品が話題を集めている。

「アンビグラム」と呼ばれる1980年代の米国発祥のアートは、異なる方向から見ても言葉として読めるグラフィカルな作品を指す。画家・アンビグラム作家の野村一晟氏は、日本語でアンビグラムを制作する稀有な存在だ。アルファベットと比較して日本語はより多彩で難解であり、日本では今までほとんど作品が見られなかった。日本語アンビグラムの世界に息を吹き込んだ、27歳のアーティストの素顔に迫った。

レースを想起させる言葉を並べて試行錯誤。舞い降りた会心作

佐賀・唐津市にある「ボートレースからつ」のレースポスター。競い合うボートの写真を背景に「挑戦」の文字が力強く躍る。このポスター、180度上下をひっくり返すと、どうなるか。作品を回転させていくと、確かに見えていた「挑戦」は、90度を超えたあたりで忽然と消失。そこに「勝利」という文字が浮かび上がる。「文字は一方向から読む」という常識は驚きと共に崩れ去った。そして、そこには上下の概念がない、表裏一体の世界が広がっている。日本では馴染みの薄いアンビグラムを取り入れたこの作品、誕生の経緯を野村氏が回想する。

広告代理店から「ボートレースのポスターのデザインをしないか」と連絡がありました。ボートの写真と、勝負事にかかわる熟語のアンビグラムを真ん中に置いて、ポスター全体を回せるようなものはどうだろうと、そんな話をしました。今までアンビグラムは鑑賞用がほとんどだったので、「ついに広告デザインに活用されるチャンスが来た! アンビグラムの面白さを知ってもらえるきっかけになる」と思いましたが、同時に難易度の高さも想像できました。

ボートレースに関心がない層にも興味を持ってもらうにはどうするか。記憶に強く残るデザインを追求する中、思いつく限りの言葉を挙げ、反転させては組み合わせる作業を繰り返した。

アンビグラムの組み合わせを探す際、単語をいくつかのグループに分けました。勝負グループは、奮闘、衝突、激戦……。名誉グループは、覇者、勇者、勝利、栄光、栄誉、誇り、誉……。気持ちグループは、希望、努力、夢……。これらを組み合わせていって、「これはダメ」「これもダメだな……」と、その繰り返しです。ある時、勝利の「勝」と、挑戦の「戦」が合うな、とふと気付いて、「挑戦と勝利」ならいけるんじゃないか思い、素案を作りました。そうしたら、「うわ、できちまったよ……。しかも、すごくきれいに」と自分で思ってしまう程に会心の作品ができました。コンペだったのですが、競艇場の担当の方に評価していただけて、私の作品が採用されました。そして、ボートレース場などに掲出されたわけです。

「最強と戦場」の別パターンも制作。トリックに気付いたユーザーのSNS投稿がきっかけとなり、評判は緩やかに広がり、やがて加速度的に拡散していった。

ポスターとしてすごく広告効果を発揮してくれたと思います。作品のトリックに気付いた人がいて、ツイッターに投稿がありました。1週間で1.2万リツイートに伸びましたね。いろいろなテレビ番組でも紹介されて、九州地方の新聞はすべて取り上げてくれました。中国、台湾でも「日本のデザイナーが面白い作品を作った」と、ネットで話題になりました。しかも1カ月後、似たような内容のツイッターの投稿が6万リツイートまで伸びました。この作品が広まったことで、企業からの制作依頼が増えて、「うちの広告にもアンビグラムを入れてほしい」「商品のロゴをデザインしてほしい」といったものや、「アーティストの新譜ジャケットに使いたい」と芸能事務所からも連絡をいただくようになりました。アンビグラムが広告やデザインに活用されるという夢が実現し始めたと思っています。

薬剤師を断念し芸術の道へ。失ったアイデンティティ

野村氏の半生を振り返ると、その生き方こそが「挑戦」であり、その挑戦が「勝利」へ昇華する道程が見えてくる。生まれ育ったのは富山。幼少時代は、どんな子どもだったのだろうか。

母曰く、物心つく前から、街中に出かけると標識や看板の文字や形を見るクセがあったようです。幼稚園では、絵本に出てくる迷路やなぞなぞが楽しくて、自分も真似して迷路を描いては友達や先生に見せて喜んでいました。形を捉える力はその頃身に付いたのかな。小学校に上がると、当時流行っていた「ポケットモンスター」のキャラクターを描いていたら友達の注目を集めて、絵を描くのがより好きになりました。とにかく気に入ったもの、きれいなものを絵にしました。

どこまでも雄大に連なる立山連峰。光と風が織りなす自然の芸術、魚津の蜃気楼。そんな風景に囲まれて育った。薬剤師への道を歩むと決めていたが、芸術への思いがどこかでくすぶっていた。

両親は安定した仕事に就いてほしいと願っていました。親の教えに従っていたので、絵に描いたような優等生でしたね。薬剤師・医師を志すよう求められていたので、高校は地元の進学校に行き、理系の勉強を頑張っていました。でも、高3になって成績が落ちてしまったことがあって、その時「医師や薬剤師は人の命を扱う仕事なのに、俺みたいな苦手意識を持つ人がやっていいのかな……」と不安になりました。

自分が本当に好きなことは何か考えた時に、絵を描くこと、芸術をやりたいなと。でも、ギャンブルのような生活は嫌だったので、芸術をやりながら安定した生活ができる教員を目指そうと思ったんです。そこで、美術の免許が取れる地元の富山大学芸術文化学部に進学したのですが…。そこではみんな絵が描けて当然なんですね。これまで絵で注目を浴びていた僕はアイデンティティを失って、「自分は才能がない。学校の先生になるしか道がないな」と考えるようになりました。でも一方で、何か個性的なことをやりたいという思いもどこかにあったことは事実です。

映画『天使と悪魔』のアンビグラムに受けた衝撃

芸術家の卵たちに囲まれて、劣等感が膨らんでいった。日常が色彩を失いつつある中、何気なく観た1本の映画が転機になった。

映画が好きで、大学3年の時にダン・ブラウン原作の『天使と悪魔』を観ました。その劇中で殺された人の胸に押される焼印がアンビグラムなんです。おぞましいシーンですが、僕はその文字に見とれてしまったんです。今までずっと見てきた文字が、180度逆さにするだけで新鮮に感じるというのがものすごく衝撃的でした。

自分も描いてみたいと思い、劇中のアンビグラムの法則を見抜こうと研究し始めました。自分や家族の名前をアルファベットで作れるようになり、次は日本語にも挑戦して、ひらがな、カタカナは同じルールでいけると分かり、漢字でもやってみたら意外とうまくできました。その段階で、対になった言葉や関係性はアンビグラムにぴったりだなと思い、日本語の慣用句や対義語でもやってみて、そこからいろいろな作品を増やしていきました。


人生を左右する運命的な出会い。アンビグラムに初めて触れ、一瞬で魅了された。幼少期から育んだ芸術への思いが沸騰し、一気にイマジネーションがあふれ出した。

玄関を挟んで「ただいま」「おかえり」。家の「内」と「外」がアンビグラムでつながっている

「陰と陽」。「陽」に光を当てると「陰」が映し出される仕掛けになっている。
逆さにして違う言葉になるパターンも考えました。「ただいま」がひっくり返って「おかえり」になるようなものです。対義語といえば、「表と裏」「消費と生産」「勝ちと負け」などありますが、180度ではなくても鏡に映したり、90度でも何でもいいんです。例えば「陰と陽」。この場合は逆さより上下対象の方がやりやすいんです。上下対象なら、影で表現することができるので、「陰」という字は訓読みが「かげ」だからぴったりです。

最初は厚紙で試して、その時ちょうど大学で金属加工の授業が選べたので、じゃあこの厚紙の「陰と陽」を立派な形にできるなと。初めて金属を切ったり、溶接したり、鉄板を糸鋸で切ったりしながら、出来上がった作品を大学の中庭で撮影しました。ツイッターに投稿しましたが当時付いた「いいね!」は3つ……。

それでも趣味の範囲で友達の名前などを題材に続けて、制作のスピードはその1年間でだいぶ上がりました。そうこうしていると大学生が主催のワークショップイベントに出展することになり、そこで初めてアンビグラムの即興パフォーマンスをやりました。大学4年の11月、卒業の4カ月前でした。

アンビグラムへの思いを封印し美術教員に。葛藤の日々

試行錯誤を重ね、自己流でいくつも作品を作る中で、野村氏のスキルは確実に向上していた。イベントでのパフォーマンスはお客さんの名前を作品にするというものだったが、カップルの場合、男性の名前をひっくり返すと女性のものになるという粋な演出も行っていた。そして、二人の名前を聞くと「文字数が違いすぎる」「画数が足りないな」と瞬時の判断も自然と行っていたそう。初めて人前に立った、試金石となるイベントは盛況のうちに終わった。

この時のパフォーマンスが地元の新聞で記事になりました。ニュースが広まって、テレビとラジオから声がかかって。1回ずつ出演してちょっと自信がつきましたが、アンビグラム一本でやっていけるかまでは想像できなかった。それどころか、親を説得して薬学部進学をやめていたので、教員にならなければという気持ちでいっぱいでした。だから、教育委員会から臨任講師として中学校の美術の授業をお願いしたいと連絡があった時は「あぁ、学校の先生という安定した職業を手に入れたな」という安堵感はありましたね

地元で美術の教員となったが、想像以上にタフな環境だった。アンビグラムとの両立は困難を極めた。

学校の先生って、朝は早いし、夜は遅い。成績つけたり、テストの採点、プリントの作成、授業計画を立てたりと事務的なことも多く、土日も部活や地域のイベントがある……。なんと言っても、公務員なので副業がダメなのが一番辛い。新聞記事の影響でテレビ局からオファーもまだありましたし、イベントへの出展や「私の名前で作品を作ってください」と依頼も来ていました。本当はアンビグラムがどれだけ広がるか試したいけれど、全部お断りしないといけなくて……。

「教員を定年までやる人生で本当にいいのか」
「自分の作品が世の中でどれだけ通用するかチャレンジするだけでも意味があるのでは」
「そういう人生が送れたら悔いはないのではないか」

そんなことを思いながら、休んでいた先生が戻るまでの7カ月間をなんとか全うしたわけです。初めてのパフォーマンスから約1年。副業ができる非常勤講師になって制作活動に本腰を入れました。収入は一気に減りましたね。

「非情通告」公立校の担当授業が突然ゼロに

制作活動に本腰を入れたが、なかなか軌道には乗らなかった。二足のわらじ生活は4年間続いた。

ほぼ毎週土日、ネットで調べて足を運んで、出られるイベントを増やしていきました。赤字のイベントでも、これが次につながるんだという気持ちで。でも、やっぱり作品で安定した収入は得られなくて、教員の収入に甘えていた気がします。そんな中、今から1年前、教員4年目が終わる3月のことです。例年であれば、教育委員会から「来年度はどこどこの学校です」と言われるのですが、一向に連絡が入らなくて。4月末になっても連絡がなくて問い合わせたら「今年度は野村先生の授業はないです」と告げられました。私立高校で週1日の授業は持っていましたが、公立の授業が突然1つもなくなった。さすがに精神的にまいりました。

突然の非情通告。どん底で道を切り開いたのは「アンビグラム思考」だった。仕事がなくなったのは、逆にチャンスと捉えるべき。甘えを捨て去り、本気でアンビグラムを究める覚悟を決めた。

でも待てよ、見方を変えよう。アンビグラム作家なんだから、片方の見方ではダメだ。教員に甘んじて、作家活動を本気でやっていなかったのではないか。そう思うようにしたんです。似顔絵師の知り合いに話を聞きに行ったり、Webデザイナーの友達に相談したり。4月の最終日曜日にイベントがあって、雨が降るとお客さんが来ないイベントです。結局、当日は小雨。3人だけ来てくれて「陰と陽」のポストカードを購入してくれました。その方がツイッターに投稿していました。「このポストカード、すごいの」って。

その投稿が1週間で4万リツイートまで広がって、私のフォロワーが一気に800人ぐらい増えたんですよ。そこから半年間でたくさんのメディアに取り上げてもらって、それが落ち着いてきたなという時が「挑戦」ポスターのタイミングだったんです。

窮地で運命の出会い。海外にまでブームが飛び火

アンビグラムで漢字を巧みに操り、独創的な作品を作る中、海外にもブームは飛び火した。中国、香港、台湾。漢字圏の国でフォロワーから注目を浴びている。

香港、台湾の企業もうちの商品に印刷したいとか、社のモットーが挑戦なので社内に掲げたいとか。入れ墨にする人もいましたね。iPhoneケース、名刺ケースに盗作がいくつか出ています。海外のフォロワーが自警団の機能を担ってくれ、パトロールをしてくれている状態です。昨年末に、「挑戦」ポスターが台湾で無断使用され、お年玉袋が売られていました。それを発見しSNSに投稿されたものが炎上して「これは作家に失礼。同じ国の者として恥ずかしい」とたくさんコメントがありました。私もその炎上した投稿にコメントを残しました。「ご報告ありがとうございます。私はこの企業に許可はしていません。重大な問題と捉え、私は自分の権利を考えています。でも、多くの方がモラルに反すると考えくれたのが嬉しかったです。台湾のみなさんを恨むことはありません」。このやり取りが現地でニュースになりまして。盗作が起こるたびに、結果的に私のフォロワーが増えていますね。

「台湾」を時計回りに90度回転させると「加油(頑張れ)」になる。
大災害に際しては、支援作品をSNSで発表した。たった2つの漢字が、力強いメッセージとなり、海の向こうの台湾の人々に届いた。

今年2月に台湾で大地震が起こりましたよね。彼らを応援したくて「台湾、加油(頑張れ)」という作品をフェイスブックで公開しました。そうしたら、日本が台湾を応援しているという現地のテレビ番組の中でトップニュースになって。安倍首相のコメントや大企業の支援よりも前に報道されました。ネットで話題になって、90度回転の「台湾、加油」、180度回転の「挑戦と勝利」、上下反転の「陰と陽」と私の過去の作品も紹介されていて。全部違う構成のアンビグラムなので、「野村はどれだけパターン持っているんだ?」と興味を持ってもらえたようでした。さらに、以前は台湾人が盗作して迷惑をかけたのに応援ありがとう、というコメントもありましたね。

SNS全盛の時流に乗り、クリエイターとして勢いに乗る野村氏。だが、人気を得たがゆえの悩みもあるという。

ここ最近、ビジネス的なことで悩んでいます。純粋に作品を作りたいのですが、企業との交渉で頭を使いますし、海外とのメールは返すだけで1日がかりとか。今まで毎週のように新作を作っていたので、作品を発表したいです。あとは、昔からSNSで友達ではあるけれど「いいね!」を残さなかった人が、最近、作品を乗せると「いいね!」やコメントを残すようになっているのを見ると、「前から私はこの人を知っています」というアピールなのかなと思っちゃったりして…。そこで人間の「陰と陽」が見えるのも面白いですね。

(後編へ続く)
挫折も葛藤も100%プラスになる。逆さ文字「アンビグラム」が変える世界の眺め方(後編)


野村 一晟(のむら いっせい)
1990年、富山県富山市生まれ。富山大学芸術文化学部卒。画家アンビグラム作家として活躍。代表作は「陰と陽」、「挑戦と勝利」、「才能と努力」など。HBのシャープペンで描く細密画も得意としている。
オフィシャルサイト
ノムライッセイ: イッセイの村


写真提供=野村 一晟
取材・文=江村 聡信

#CULTURE

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