築地市場の移転問題で買出人が急増?もうひとつの魚市場「足立市場」の現場

卸売業者によって足立市場に集められたマグロを、仲卸業者がチェックする。

 東京の魚市場と聞いて、豊洲への移転をめぐる問題で何かとゴタゴタしている築地市場をイメージするかもしれない。だが、水産物を専門とする東京都唯一の中央卸売市場は、実は足立区にある。それが、足立市場だ。では、築地市場とどんな点が異なるのか? また、移転問題の影響も何かしら受けているのだろうか? 空が白む頃、その「現場」に赴き、そこで働く人たちに話を聞いた。

400年以上も前にさかのぼる足立市場のルーツ

 早朝5時半、大きなベルが鳴り響くと、手カギ(荷物などを引き寄せるのに使う、短い柄の先に鉤【カギ】の付いた道具)と懐中電灯を持ってマグロの尾の部分をチェックしている人や、談笑している人たちが、せり台と呼ばれるひな壇状の台に集まってきた。歌うような独特の節回しでせり人が声をあげると、買い手が様々な形に指を動かす。素人目には誰がいくらで競り落としているのかさっぱりわからないが、次々と値段が決まっていくスピード感は伝わってくる。

せり台でスピーディに指を動す仲卸業者。

競り落とされたマグロは、手カギでせり場から運び出される。

 隅田川にかかる千住大橋のすぐ近くにあり、「千住の魚河岸」「千住さん」などという愛称で親しまれている足立市場。東京の魚市場といえば、目下、何かと世間を賑わせている築地市場を思い浮かべる人は多いだろうが、足立市場も築地と同じ中央卸売市場のひとつ。しかも、水産物を専門に扱っているのは、東京都内に11ある中央卸売市場のうち、ここだけなのだ。
 敷地面積は、築地市場より小さく、約4万3000平方メートルと東京ドームに近い広さ。また、取り引き金額も築地のわずか4%にすぎず、こじんまりとしているが、知る人ぞ知る穴場という意味では、かなり“おいしい”場所なのである。
 足立市場の起源である「千住市場」の始まりは、安土桃山時代の天正年間(1573~93年)までさかのぼる。築地市場が、大正12年(1923年)の関東大震災で壊滅した日本橋魚河岸の代わりにつくられたことからも、足立市場の歴史がいかに古いかがわかるだろう。現在の市場のすぐそばには、かの有名な松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅の一歩を踏み出した場所であることを示す「矢立初の碑」があるが、この地は奥州・陸奥に通じる街道の要衝として栄えてきた。川魚・青物・米穀の取り引きが盛んに行われ、足立市場は神田・駒込と並ぶ江戸三大青物市場のひとつとして、幕府の御用市場となる。
 昭和20年(45年)には、現在地で青果部と水産部を併せ持つ中央卸売市場足立分場が開場するが、わずか62日目にして戦災によって全焼してしまう。木造施設での営業がしばらく続いた後、昭和43年(68年)に新しい施設を建設。取扱量の増加によって施設が手狭になったため、昭和54年(79年)に青果部門を足立区入谷の北足立市場に分離・移転させ、水産物専門の市場となって現在に至っている。

築地市場にはない足立市場の特長とは?

 この市場で働く人たちを冒頭のせりで説明すると、マグロを売る側が卸売業者で、買う側が仲卸業者。卸売業者は、全国各地で水揚げされた生鮮魚介類を買い付けたり、受託する形で市場に集め、仲卸業者や売買参加者に販売するのが主な仕事で、足立市場には2社の卸売業者が入っている。
「20年くらい前までは、せり売りが主流だったのですが、現在、足立市場でせりをしているのは、大物と呼ばれるマグロだけ。そのほかは相対(あいたい)売りといって、販売担当者が仲卸、売買参加者と直接値段交渉をしています」と卸売業者は説明する。築地では今もマグロだけでなく、天然物のウニやエビなどの高級品もせりで売買しているそう。相対売りはせりよりもさらに早く、連日深夜1、2時くらいから行われており、せりや相対売りには仲卸や売買参加者のほか、埼玉や千葉など近隣の地方卸売市場の仲卸業者も参加している。

こちらは卸売場だが、明け方の時点で売買はすでに一通り済んだようだった。

 仲卸業者については、足立市場には51の業者が入っており、卸売業者から買った商品を市場に来る鮮魚店や飲食店に販売・配達したり、市場に直接来ることのできない全国各地の小売店に発送している。「マグロみたいに大きな魚は1匹そのままでは売れないので、1店舗で扱える量に解体して販売します。鮮魚の場合、アジなどは5キロ単位で卸売業者さんから買いますが、それらもロットを小さくして1本から販売しています」と仲卸業者。
 せりが終わると、マグロが低温卸売場から市場内にある仲卸業者の店舗に運び込まれ、冷凍マグロは大きな電動ノコギリで、生マグロは専門の包丁を使い分けながら、ダイナミックな解体作業が店で開始。このくらいの時間から買出人が徐々にやって来て、市場が活気づいてくる。

ターレットトラックで仲卸業者へ運ばれる冷凍マグロ。

冷凍マグロは仲卸業者へ運ばれると、このように電動ノコギリで解体される。

一方、生マグロは様々な包丁を駆使して解体。

解体されたマグロは、仲卸業者の店舗にこのように陳列される。

 では、築地市場との規模の違いなどは先述したとおりだが、足立市場にはほかにどんな特長があるのだろうか?

「日本の築地ならぬ、世界の築地をライバル視するなんておこがましい」と前置きしつつ、仲卸業者はこんな本音を漏らす。
「築地と違ってここの市場の人は、みんな優しいですからね。怒鳴っている人なんてまずいないし、『これ、どうやって食べればいいの?』なんていう質問にも、僕らは丁寧にご説明差し上げます。築地ではできないようなサービスをお客さんに訴求していけたらいいと思っているんです」
 確かにマグロの解体作業を見学していると、「ほほ肉は、ステーキとか照り焼きとかにするとおいしいんだよ」などと仲卸業者が教えてくれたりした。魚市場のイメージ(=築地のイメージだったのだが)を覆すような、アットホームな雰囲気があるのだ。
 また、築地の仲卸業者の場合、配達には別途料金がかかるところが多いのに対して、足立市場では配達料を取らないところがほとんどなのだとか。地方卸売市場のある近隣エリアからもわざわざ買いに来たり、足立市場に直接注文する人が多いのも、新鮮な魚をより安く買うことができるからこそなのだ。
「築地と違ってこちらには、高級店をやっているような方が買い出しに来ることは少ないですね。築地の場合、板ウニが1枚10万円でも売れますけど、こっちは馴染みのあるお客さんばかりだから、とんでもない相場にはならないんですよ」(卸売業者)
「ご本人の名前と市場での通り名の違う人がいっぱいいて、極端な話、本名はわからなくても、顔で売買できるような不思議な世界なんです。代々この商売をやっている人も多く、そういう人はいまだにおじいさんの下の名前で呼ばれていたりするので(笑)」(仲卸業者)

豊洲移転問題が足立市場に与える影響

 まさに信頼関係で成り立っている世界だが、最近は市場に直接買い出しに来る飲食店が減りつつあるようで、「納め屋」と呼ばれる仲介業者が魚や肉、野菜などを注文通りに仕入れて納品するケースも珍しくないという。飲食店としては買い出しの手間が省けて楽かもしれないが、店ごとの料理の質が落ちたり、目利きの効果が薄れたりする。そして、間に人が入る分、料金は当然高くなり、それらは店を利用する我々の支払う額に反映される。
「魚のプロは鮮度が命であることを知っていますから、必ず市場に出向いて自分の目で選ぶものです。老舗の居酒屋さんの魚料理が安くておいしいのは、魚をよく知っているからこそなのです」(卸売業者)

足立市場は築地市場に比べてこじんまりとしているとはいえ、マグロだけでなく様々な水産物を扱う仲卸業者が店を構える。

 ところで、足立市場で働く人たちは、同じ東京で起こっている豊洲移転問題をどう捉えているのだろうか?
「豊洲新市場は、駐車場スペースが限られているという噂を聞きました。もし移転をしたら、豊洲に買いに行きたくても行けないような方が、こちらに流れてくるのではないかと思っています」(卸売業者)
「移転が現実的になってきたときに、今まで見かけなかったようなお客さんが一時的に増えたんです。でも、安全性の確保などの問題が出てきて開場が延期されると同時に、その人たちもサーッといなくなってしまった(笑)。そんなこともありましたけど、とにかく豊洲に移るときは、こちらのよさをアピールできるチャンスだと思っています」(仲卸業者)
 控えめながら、いいものを安く提供している足立市場。プロ御用達のこの市場は、「あだち市場の日」(奇数月第2土曜日開催)に一般開放されているので、東京の魚市場が熱い今、ぜひ行ってみてはいかがだろう。観光地化されていないところも、いいのだこれが。

千住の魚河岸 足立市場

文=兵藤育子
写真=山本光恵

#CULTURE

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