14 Till I Die vol.11:宮澤 潤さん(53) 広告制作会社の音楽

一説によると、14歳の時によく聴いていた音楽が、私たちの音楽の好みに、最も重要な影響を与えるという。(NY Times / The Songs That Bind

「音楽は人の内面を映す鏡」というのは言い過ぎかもしれないが、音楽遍歴を紐解けば、その人の人となりがなんとなく伝わってくるもの。この企画では、様々な年齢、 職業の人たちに、「14 歳の時に聴いていた曲」と「いま聴いている曲」を挙げてもらう。
※この連載の記事一覧ページはこちら

今回は、編集長小野村の最初のボスである宮澤さんにご登場いただいた。とにかくたくさんの音楽を聴く人だ、というのが当時の印象だったが、20年前から変わらずデスクに音源を積み上げられているようで嬉しい。それではボスの音楽遍歴をご覧いただこう。

プロフィール画像

Birth:1964.9.5 / Gender:男性

広告制作会社

宮澤 潤

舞台となる中二から高二の頃は兵庫県西宮市にいて壁に頭をぶつけてました。それ以降ロックがロールしすぎちゃったみたいで免許も資格も家族も持たずに、まあ、なんとか楽しく毎日舞い踊っています。

Age 14 / 1978‐1979
時間よ止まれ / 矢沢永吉



14 till I die. 死ぬまで「14歳」。そんなお題を、頂戴しました。
もう少し平易にいえば、人は14歳のときの音楽の趣味に最期まで囚われる傾向にあるのか、あるいは、無縁で自由になる傾向にあるのか。この特集の発端となった報道記事によれと、統計学的には、どうやら「囚われる傾向にある」のだそうです。

来月、54歳の誕生日を迎えます。(いまのところ)ぼくは最年長の回答者で、「14歳」サイドより「死ぬ」サイドに、最も近い回答者。そんな編集長の暗黙の期待にお応えできればと思います。

14歳。西暦にして1978-79年。中二の二学期から中三の一学期まで、いまから40年前のことです。
その前に、寄り道させてもらいます。1980年、15歳で高校一年生のころの話です。ぼくの個人史ばかりではなく、客観的に日本のポピュラー音楽史的にしても、1980年はひとつの大転機点だったように思えます。乱暴ですけど、松田聖子の登場、YMOの登場、アナーキーの登場。
松田聖子は「歌謡曲」をキラキラの「ポップス」にグレードアップしました。YMOはこの年、4枚のアルバムがランキング上位に食い込み、社会現象を巻き起こしています。New Waveの日本的展開である「ヘンタイよいこ」カルチャーが幕開ける。

そして、アナーキー。ブームには程遠いですが、パンクという、テクが無くても、センス(といってもお笑いやブラックユーモアに近いセンス)と気合さえあればロックバンドで起業できることを、全国のうだつあがらぬ中高生に示しました。どちらかといえば受動態なぼくが同級生に誘われるがままに、気がつけばアナーキーのコピーバンドにいて人前でエレキをかき鳴らしていましたから、その伝播力とその気にさせる力は、推して知るべし。誤解も含めてパンクを、ストレートなロックを、広く分かりやすく伝道した点で、もっと注目されてよいバンドだと思います。

いまにまで通じる、その後のぼくの音楽とのかかわり方、音楽の摂取の仕方に影響を与えた転換点。それは14歳ではなく15-16歳、1980年、高校一年生の時分でした。
しかし今回のお題は、あくまでも14歳です。せっかくの機会だから、いままで封印してきた、ひたすら青臭く、どうしようもなく情けない、「14歳」に迫ろうと思います。

突然ですが、1978年1月19日に放送がスタートした、「ザ・ベストテン」という伝説のテレビ番組をご存知でしょうか。久米宏さんと黒柳徹子さんが司会の音楽番組。当時、誰もが家族といっしょに観ていた怪物番組。(関係ないけど、セックス・ピストルズが分裂したのは5日前の1978年1月14日)
それまで、若者が時代の「音」に出会うメディアは、教室で貸し借りされるレコード、カセットテープに、AM/FMラジオが筆頭でした。特にお兄さんお姉さんがいない、父母も音楽に一家言ない家庭で育った場合、顕著です。しかし「ザ・ベストテン」の登場で、ようやくテレビでも新しい音にアクセスできるようになったというわけです。(毎度の注釈になりますが、CDもパソコンもケータイもインターネットもまだない時代です。ほぼ立ち読みですが、FM雑誌(!!)、ギター雑誌、ロック雑誌は貴重な情報源でした)
この番組が画期的だったのは、実際のレコード(!!)の売り上げやハガキのリクエストなど、「民意」をリアルに反映した(風だった)こと。芸能界・歌謡界が牛耳っていたそれまでの音楽番組ではお目にかかれなかったロックバンドがアイドルや演歌歌手たちと同列でランキングされ、お茶の間デビューをしはじめたのです。サザンオールスターズ、チャー、世良公則とツイスト、ゴダイゴ、チューリップ、ハウンドドッグなど、“ロックバンド”が全国区で知名度を上げメジャーになっていくきっかけをこの番組は与えたはずです。(余談ですが、先にあげた“ロックバンド”は正直どれもぼくの趣味じゃありません)

その一方で、ヒット曲を出して番組に堂々ランクインしているのに、出演を拒否する一派(硬派)も存在しました。この番組が偉かったのは、出演を蹴っても、番組で曲名とアーティスト名をちゃんと読み上げたこと。
望めばテレビで全国に放映されるのに、拒むアーティストがいる。とうとう部活に顔を出すこともなくなり、帰宅部になっていた14歳のぼくは、時間も不満もたっぷり持てあまし、テレビ的な存在に背を向けるなんとも反骨な選択をする「訳アリ」アーティストが気になっていました。(さらに、ランクインさえしないアーティストに触手をのばしたり。こんな「ひと掘り、ふた掘り」、大事だよね?)

その最たる人、矢沢永吉さん。折しも、1978年3月発売の曲が大ヒット中。
「時間よ止まれ」という曲でした。

資生堂の夏ファンデのテレビCMタイアップ曲。調べてみればドラム:高橋ユキヒロ、キーボード:坂本龍一が参加。YMOの2/3がバッキング担当とは、時代です。YMOの結成は1978年2月19日とされますから、録音の時点ではまだYMOはなかったかも知れませんね。
オーギュメント、ディミニッシュと、使用コードが大人の「響き」満載。フォークギターで、そのコードをポロンと鳴らし、上達した気になったりしましたっけ。作曲は矢沢永吉さん。詩を朗読したら節がついて唄になったかのような矢沢節。矢沢永吉さんが歌えば、スキが一切ない。

それにしても「時間よ止まれ」のエキゾチックでリゾートな世界観を14歳のぼくが理解できていたわけもなく。でも、理解なんて不要です。中二の男子なんてしょせん雰囲気と気分だけ。雰囲気オトナ、雰囲気ワル、雰囲気ダンディ。そんな「雰囲気」「気分」を、中二のぼくは、矢沢永吉さんから分け与えてもらって、いい気になって身にまとっていたような気がします。
1978年は夏のスタジアムコンサート(後楽園球場!!)も大成功。併せて、糸井重里さんがまとめた自伝「成り上がり」も大売れ。しゃべり方も影響受けちゃうくらい。矢沢永吉さんは、ほんと「罪なやつさ♪」。1978年あたりの矢沢永吉さんは、怖いものないしの「ビッグ」な「スタア」だったんです。

Age 53 / 2018.8.1
Ace of Aces / THE FEARLESS FLYERS

さて一気に40年を早送りして、2018年夏に戻ります。
もうすぐ54歳のぼくは、矢沢永吉さんとその音楽とは縁のない遠いところにいます。
いまでも音楽は毎月に20タイトルはコンスタントに買っては、消化しきれなくて平積みのタワーを床からウン十本立ち上げています。洋楽、邦楽、新譜、旧譜、なんでもござれのウェルカム状態です。
そんな中で、今日の一曲。今年できたてのバンドのこの曲を選びます。
THE FEARLESS FLYERS のAce of Acesという曲です。

贅肉のないFUNK。弾力のあるPUNK。ぼくにとっては理想的な音を出すバンドです。先月くらいになんとなくFacebookのレコメンデーションで知ったバンドです。YouTubeでPV再生を楽しんでから、12inchシングルを予約して到着を気長に待つ、ってなんとも今様な音楽の出会い方、楽しみ方をしています。

PUNKにFUNKにエトセトラ。音楽的な野蛮、野生や野趣の追求。アトヅケの論に過ぎませんが、ぼくなりに思い描く音楽のプリミティブを40年間の追い求めた結果、矢沢永吉さんの音楽と疎遠となったのは仕方のないことと思います。お互いの「時間は止まらない」からです。しかしいまでも14歳のころに聴いていた矢沢永吉さんの歌が、ふいに流れてくると、持っていかれますね。それは変わりません。

さて、最初の設問。人は14歳のときの音楽の趣味に最期まで囚われる傾向にあるのか、あるいは、無縁で自由になる傾向にあるのか。どうやら五分五分のようです、ぼくに限っては。
しかし14歳あたりから能動的にのめり込んでいった音楽というひとつの大きなジャンルの呪縛からは絶対解放されることがない…のは間違いなさそうです。音楽がなかったらどこか途中でへばったりくたばったりしていたことでしょう。多少の偏向と、聴かず嫌いもありますが、音楽に対する好奇心、そして感謝が尽きることはないでしょう、これから先も。

★ ★ ★

さてこの9月(そしてぼくの誕生日)にアナーキーが18年ぶり(メジャーでのリリースは実に33年ぶり)となるアルバムをリリースするそうです。
タイトルが「パンクロックの奴隷」です。イエィ♪ 俺もだぜっ!

15 till I die. 「15歳」は死んでも直らない…みたいです。

#AGE14

関連記事はありません。There are no related articles.

MOST POPULAR

LOGIN